刀を静かに鞘に直してしまうと、
利き足を後ろに下げた。
前屈をとり、自然と曲がった膝に逆らうことなく上半身が前かがみになる様な姿勢になった。
私を取り巻く空気にすっと溶けるように深く息を吐き、
今にも切れそうな " 菓子の呼吸 "、" 常中 " に再び意識を向ける。
(私の残りの体力を考えて、この技が最初で最後です。捌ノ型『霞和三盆』で曖昧な勝機を見定めるよりも…)
刀の笄部分を握る手が緊張と体の限界で汗ばみ始める。
(賭けに出る事にはなりますが、
一撃での確実な " 型 " を選んだ方が良いです…!)
ギリッと大きな歯軋りが聞こえた直後、怒りを顕にした声が私を襲う。
低く重い声は子どもの姿をした鬼のものとは思えず、
緊張が走る手を更にガタガタと震えさせるには充分だった。
立っているだけでも削られていく、体力。
肩を中心に腕は重く、足も棒にでもなったようだ。
脹ら脛がじんじんと痛みが波打ち、
至る所の関節は潰されるような痛みが体中に走る。
今日は午後から漆ノ型『椿・縁斬り』で村の人々にかけられた呪術を解除し続けた。
それは連続で、且つ数え切れない程に技を使った事になる。
(ですが…っ、)
自分の背には三郎さんや遥音さん、そして義勇さんが居る村がある。
その事が頭にある限り、
失敗は許されないという神経の圧が精神力を齧りとっていくようだ。
(このような情けない様では、私が手にしよう決めたものにも到底たどり着けないです。)
グッと姿勢を構え直し、全ての感覚に神経を張り巡らせる。
つうっと一筋の汗が額から頬にかけて流れた。
(決して、夢のまた夢の話などには致しません!)
『ブワッァッ!』
靄が一部ぽっかりと穴があくように晴れる。
思わず抜きそうになった刀を強く握り、
鬼の動きを正確に読み定める。
私の読み通り、私の意識を引きつける為の罠だった。
いきなり現れた靄の晴れた部分は普通ならそこから鬼が攻撃してくると思うに違いない。
が、本命は地中に潜み、それは予想外の形となって私に襲いかかる。
『ガッバァァアッッ!!!』
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!