第169話

玖ノ型 落雁の蕾
8,077
2020/08/10 04:00

足元から大きな口が開いた。


パッと一瞬にして地面が消えた事により、行き場を失った足は宙で藻掻く。
あなた

!!!


鋭い歯が並び、涎が歯の先から喉の奥へと滴り落ちる。

空に向かって大きく開けている口の中へと落ちていく画だと言って良い。



分厚く濁った色をした舌が大蛇のように畝り、まんまと罠にはまった私を待ち構えていた。
あなた

っ!


すぐに舌の根元に私の目が引き付けられた。

その感覚は義勇さんとの稽古の時にも感じた、相手の隙を見つけた際に意識下で生まれるもの。
あなた

っ…!!!!


くるりと一回転をし、体勢を整えると、

私は再び刀に手をかけた。



『ニョッキィッ…』


舌の根元から子どもの姿をした鬼が、両手広げてこちらを仰ぐ姿で現れる。
さぁ…ボクのトモダチになって。
あなた

お友達さんは


残された力と意識を刀を握る腕に込め、私は着地の衝撃に備えた。
あなた

貴方の収集物ではありません!!!


(ここです!)


『キャキッ』

刀を握り直した刹那、私は一度の瞬きも許されない領域へと誘われる。
あなた

ノ型、

子どもの姿をした鬼の顔に私の影が重なると、鬼は口角をキュッと上げた。



だが私は過ぎった不安に躊躇うことなく、

刀を両手で握ると大きく振り下ろした。


自分だけを信じた。
あなた

落雁らくがんつぼみ…!


『ズバッ』

刀の刃は私に伸ばした鬼の両手をすり抜け、鬼の額中央に切り込まれる。

返り血を浴びた私がそのままぐんっと刀を縦方向に押し込むと、一気に鬼の体は真っ二つに裂けた。
こんな攻撃、ボクならすぐに再生出来

『ピシッ、』
え、

『ピシピシ、ピシッ、!』

鬼の体には刃が通った線を沿って、ゆっくりとヒビが入り始めていた。
な、なん、で…
あなた

鬼は日輪刀で首を斬らなければ死なない筈なのに、と続くだろうと凡その予想がついた私は刀を直した。
あなた

落雁というお菓子を知っていますか?

らく、がん…
あなた

はい、落雁は木型に詰めて乾燥させて固めた砂糖菓子です。祖父母のお店では水や水飴を使わずに固めていました。

それ、が、一体何の関係が、あるって言、うんだ?

『ポロポロポロポロッ…』
なっ、?! くそっ、ヒビが止ま、らない、体が、崩、れる…!

ヒビが入った傷口からほろりほろりと雪が溶け落ちるように鬼の身体は徐々に崩れていく。
あなた

砂糖だけで打ち抜いた祖父母の店、霽月屋だからこその落雁です。

あなた

舌に乗せた瞬間、すっきりとした甘さだけを残す魔法のような口溶けと引き換えに、

あなた

粉雪の如く脆く、儚いのです。

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