足元から大きな口が開いた。
パッと一瞬にして地面が消えた事により、行き場を失った足は宙で藻掻く。
鋭い歯が並び、涎が歯の先から喉の奥へと滴り落ちる。
空に向かって大きく開けている口の中へと落ちていく画だと言って良い。
分厚く濁った色をした舌が大蛇のように畝り、まんまと罠にはまった私を待ち構えていた。
すぐに舌の根元に私の目が引き付けられた。
その感覚は義勇さんとの稽古の時にも感じた、相手の隙を見つけた際に意識下で生まれるもの。
くるりと一回転をし、体勢を整えると、
私は再び刀に手をかけた。
『ニョッキィッ…』
舌の根元から子どもの姿をした鬼が、両手広げてこちらを仰ぐ姿で現れる。
残された力と意識を刀を握る腕に込め、私は着地の衝撃に備えた。
(ここです!)
『キャキッ』
刀を握り直した刹那、私は一度の瞬きも許されない領域へと誘われる。
子どもの姿をした鬼の顔に私の影が重なると、鬼は口角をキュッと上げた。
だが私は過ぎった不安に躊躇うことなく、
刀を両手で握ると大きく振り下ろした。
自分だけを信じた。
『ズバッ』
刀の刃は私に伸ばした鬼の両手をすり抜け、鬼の額中央に切り込まれる。
返り血を浴びた私がそのままぐんっと刀を縦方向に押し込むと、一気に鬼の体は真っ二つに裂けた。
『ピシッ、』
『ピシピシ、ピシッ、!』
鬼の体には刃が通った線を沿って、ゆっくりとヒビが入り始めていた。
鬼は日輪刀で首を斬らなければ死なない筈なのに、と続くだろうと凡その予想がついた私は刀を直した。
『ポロポロポロポロッ…』
ヒビが入った傷口からほろりほろりと雪が溶け落ちるように鬼の身体は徐々に崩れていく。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!