振り向くと、首周りに唐草模様の風呂敷を付けている烏が一羽畳の上に居る。
俺は宇治金時が嘴で示した方向へと向かうと、彼女の刀が宿部屋の柱に立て掛けてあった。
手に取ろうと手を伸ばした時、
後ろに居た筈の宇治金時が俺の前に立ちはだかる。
互いの間の沈黙は宇治金時が破るまで続いた。
宇治金時は強い眼差しで俺を見つめ続けた。
ふと、宇治金時が今口にした言葉と彼女を捕獲したあの山中での事を思い出す。
『わた…し、に、は、』
『こ、れしか…』
『生き…意…味な…て』
胡蝶が放った兎を眠らせる程度の毒でも、
彼女の身体に入るとあっという間に効いてしまうらしい。
意識が朦朧としていながらも、彼女は途切れ途切れに言葉を紡ぎ続けた。
肩に担いだ彼女の身体は軽く、抵抗する力も入らなくなった手足を俺が歩く度に揺らしていた。
『奪…わ、な…で』
小さくて、細くて、掠れ消えそうな声が耳元で聞こえた。
『…』
俺はその時、思わず口を噤んでしまった。
俺はその場に腰を下ろして、ゆっくりと口を開く。
部屋の橙の光が刺した漆黒の瞳は俺を捕らえてから、一度も揺れる事は無かった。
小さい身体でありながら、
凛々しさ溢れる立ち振る舞いは今までの宇治金時が見せた事の無い姿だった。
鋭く尖った嘴の内側から飛び出たのは、
予想以上に重い言葉。
『私はもっと水柱様と色々なお話がしてみたいですっ!』
『わ、私っ、お、教えて下さった方が、初めての共同任務のお相手が、『義勇』さんで本当に幸せですっ…』
『…寂しくない、と言えば、嘘になります。でも、今は皆さんが、ぎ、義勇さんがっ、居ますから!』
『はいっ。行きましょう、義勇さん!約束です!』
脳裏に浮かんでは消える、彼女が俺にくれた言葉たち。
そして、どの言葉にも小花の様な愛らしい笑みが添えられていた。
彼女の方へは一度も振り返らず、静かに口から言葉を滑らしていく。
けど、その言葉はきっと…
あなたには届かない。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。