第164話

冨岡 義勇side
9,177
2020/06/08 03:22
振り向くと、首周りに唐草模様の風呂敷を付けている烏が一羽畳の上に居る。
宇治金時
刀ナラ此処ニアルデヤンス。
冨岡 義勇
お前は…あなたの
宇治金時
姫ノ名前ヲ呼ビ捨テニシテンジャネェッ!!!
冨岡 義勇
…分かった。
確かお前の名は宇治金時だったな。
宇治金時
オイオイ…俺ヲ呼ビ捨テトハ良イ度胸デヤンスナァ…
冨岡 義勇
宇治金時
" 様 " 付ケルッス!!!
冨岡 義勇
…月夜里は " さん " だったぞ。
宇治金時
ソレハ姫ダカラ許サレルンス。
冨岡 義勇
俺は宇治金時が嘴で示した方向へと向かうと、彼女の刀が宿部屋の柱に立て掛けてあった。
冨岡 義勇
手に取ろうと手を伸ばした時、

後ろに居た筈の宇治金時が俺の前に立ちはだかる。
冨岡 義勇
宇治金時
冨岡 義勇
…?
宇治金時
互いの間の沈黙は宇治金時が破るまで続いた。
宇治金時
俺ァ、一度本部ニ戻ラネェトイケネェデヤンス。
冨岡 義勇
伝令か。
宇治金時
ソウッス。本当ハ姫カラ片時モ離レタクネェッスケドネェ…
冨岡 義勇
宇治金時
任務放棄ヲ選ンデ俺ガ姫ノ傍二居続ケル事ヲ望ンデモ、
キット姫ハ笑ッテ『嬉しいです』ッテ言ッテクレルデショウケド…ソレハ俺自身ガ嫌デヤンスカラ。
冨岡 義勇
そうか。
宇治金時
俺ハ姫ノ為ニ、姫ノ目的ノ為ダケニコノ身ヲ捧ゲル。
宇治金時は強い眼差しで俺を見つめ続けた。

ふと、宇治金時が今口にした言葉と彼女を捕獲したあの山中での事を思い出す。




『わた…し、に、は、』


『こ、れしか…』


『生き…意…味な…て』




胡蝶が放った兎を眠らせる程度の毒でも、

彼女の身体に入るとあっという間に効いてしまうらしい。


意識が朦朧としていながらも、彼女は途切れ途切れに言葉を紡ぎ続けた。

肩に担いだ彼女の身体は軽く、抵抗する力も入らなくなった手足を俺が歩く度に揺らしていた。




『奪…わ、な…で』




小さくて、細くて、掠れ消えそうな声が耳元で聞こえた。


『…』


俺はその時、思わず口を噤んでしまった。








俺はその場に腰を下ろして、ゆっくりと口を開く。
冨岡 義勇
月夜里が鬼殺隊に入った目的は彼女の日輪刀の真の持ち主…自分の母親を探す為だと聞いている。
宇治金時
冨岡 義勇
それに彼女を捕らえた時、途切れ途切れに『私にはこれしか生きる意味なんて』、『奪わないで』と言っていた。
宇治金時
冨岡 義勇
胡蝶は勿論、特に炭治郎からも目を離すな、と念押しされている。
それらは全て、俺が知らない別の何かに繋がっているのか。
宇治金時
ソレハ全テ、オ前ノ返答次第デ応エテヤル。
部屋の橙の光が刺した漆黒の瞳は俺を捕らえてから、一度も揺れる事は無かった。


小さい身体でありながら、

凛々しさ溢れる立ち振る舞いは今までの宇治金時が見せた事の無い姿だった。
宇治金時
水柱、嫌ワレ野郎ノオ前ニ聞キタイ。
冨岡 義勇
…俺は嫌われてない。
宇治金時
姫ノ事ヲドウ思ッテル。ドウ考エテイル。
冨岡 義勇
宇治金時
姫ノ為ナラ何処マデ己ヲ削レル?
鋭く尖った嘴の内側から飛び出たのは、

予想以上に重い言葉。
冨岡 義勇



『私はもっと水柱様と色々なお話がしてみたいですっ!』


『わ、私っ、お、教えて下さった方が、初めての共同任務のお相手が、『義勇』さんで本当に幸せですっ…』


『…寂しくない、と言えば、嘘になります。でも、今は皆さんが、ぎ、義勇さんがっ、居ますから!』


『はいっ。行きましょう、義勇さん!約束です!』





脳裏に浮かんでは消える、彼女が俺にくれた言葉たち。

そして、どの言葉にも小花の様な愛らしい笑みが添えられていた。
宇治金時
冨岡 義勇
俺は…
彼女の方へは一度も振り返らず、静かに口から言葉を滑らしていく。



けど、その言葉はきっと…





あなたには届かない。


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