前の話
一覧へ
次の話

第183話

水飴
12,618
2021/02/18 17:00
悪いが俺の連れだ。その手を離せ。

凛とした声が私の耳に届く。

いつもと変わらず落ち着いた口調で、全く冷静さを欠いていない様だった。
部下
『連れ』、だと?

男は彼の隊服や羽織、腰の刀を目に入れるなり、私の隊服と比べて、

「ああ成程。そういうことか。」と納得した面立ちでニヤリと笑みを作った。



『ドサッ』

男が手元の力を緩めると、私の髪を掴んでいた男の手が離れた。



ゆっくりと振り返る。


森の木々の間から月光が差し込み、彼の横顔を照らした。

その姿の全てを目に入れた刹那、自然と私の目が見開いたのが自分でも分かった。




やはり、義勇さんだった。

部下
『連れ』って事は何か特別な関係でもあるのかよ。部下以外で。

部下の男は義勇さんと私が目上の人間と部下である、と既に察しているらしく、

下手な言い訳や言い逃れは期待できない。




だが、義勇さんの口から出たものは思いも寄らない言葉だった。

冨岡 義勇
ああ、俺の妻だ。
部下
は?
冨岡 義勇
俺に笑みを向けてくれる彼女が好きだ。俺は、彼女の笑顔の傍に居られるのならそれで良い。
部下
は、ははは…お前、何言ってるのか分かっているのか?
冨岡 義勇
部下
月夜里つくよざと あなた様は月夜里家のご令嬢且つ正統な後継者なんだぞ。
お前の相手は、この国の権力を牛耳る日比谷ひびや家 御当主、日比谷 柊生しゅうせい様であるのを分かっての言葉か?
冨岡 義勇
そんな事は関係ない。
部下
なっ…、?!
冨岡 義勇
お前達の元へ行っても、あなたは幸せにならない。
部下
冨岡 義勇
俺になら少なからず柊生という男よりかは幸せに出来る。
部下
何を根拠にそんな
冨岡 義勇
見ていれば分かる。

深海を想わせる青い瞳が私を見ると、

ほんの少し揺らいだ。


だけど、

海面へと急ぐ泡袋がキラキラと輝くように彼が見える。


冨岡 義勇
あなたが居れば、何も要らない。




柔らかい夜風が私の頬を撫でる。

切れた皮膚にキリキリと痺れる痛みが走っている。

身体が熱く、今にも意識を手放しそうだ。



それでも、これらの事がどうでも良くなるくらい、

息をするのも忘れて彼を見つめていた。



彼の真上に浮かぶ三日月は弱々しい光を放って。



それは波打つ水面に映る三日月が、

何度も海の底へと消えてしまいそうであるかのよう。



その直下で彼は優しく微笑んでいた。






(あぁ、早、く…)



透き通った水飴が食べたい ───────

プリ小説オーディオドラマ