第163話

冨岡 義勇side
9,306
2020/05/31 17:00
冨岡 義勇

(流石に急に部屋を出たのは不自然だっただろうか。)


宿部屋へと戻る間、ぐるぐると同じような問いが頭を回る。
冨岡 義勇



『今日の昼食に出た義勇さん好物の鮭大根、とても美味しかったです。』


『ああ、美味かった。』


『是非、またご一緒させて下さいね。』



ふわふわとした空気を纏い、俺の隣でちょこんと正座している彼女。

ふと、『義勇さん!』と俺を呼ぶ炭治郎の声が聞こえた気がして、俯きながら続ける。



『…今度は炭治郎も誘おう。』


『はい!』


『それから、…あなたの好きな甘味処も回ろう。あなたが好きだと言っていたからな。』



あの瞬間、彼女が楽しそうに話す姿を見て、思わず俺らしくもない提案を何故かしてしまった。


(俺は何を…)


我に返ると、直ぐに視線を彼女に戻し、撤回しようと試みた。



だが、




あんな笑顔を見せられたら、


そんな気は一瞬で消えてしまった。



『はいっ。行きましょう、義勇さん。約束です。』



乾ききっていない髪を揺らし、

顔を少し傾けた彼女は無邪気に笑った。


それは…


店で売られているかの様な美しい花ではなく、




野原や野道に咲く黄色い小花のようだった。



彼女の笑みからは愛しさしか感じられず、



あの瞬間、



『っ…///』



俺の心臓が妙に高鳴った事を覚えている。






『ススス…』

宿部屋の戸を開けると、窓辺で寝そべる彼女の姿があった。
冨岡 義勇
…あなた、
あなた

彼女の返事が無いのを見て、俺の足はゆっくりと畳の上を歩いていく。

『ミシッ、ミシッ…』
冨岡 義勇
あなた、
あなた

…スー…スー…

近づくにつれて、微かに聞こえてくる寝息。


(寝ているのか。)


彼女の斜め後ろに立った俺は、

窓辺で両肘を付き、黒髪の隙間から眠る彼女の横顔を暫く見つめる。


緩やかに吹き抜けた夜風が彼女の前髪を揺らし、

髪を背へ背へと攫う。


(未だ完全に自力にしていない " 常中 " を今日1日酷使し続けていた…身体が持たないのも無理はない。)
冨岡 義勇
俺は一度彼女から離れると、部屋の隅に畳まれて置かれていた布団を引いた。

その後、俺は彼女の傍で静かに膝を折り、彼女の背中に手を回す。

『グッ…』

彼女を持ち上げ、抱えて布団まで運ぶ。
冨岡 義勇
『トスン…』

真っ白な敷布団の上に彼女を寝かした時に気づいた事がある。
冨岡 義勇
浴衣の下に黒い鬼殺隊の隊服を着ているのが分かった。

刀は何処かと見渡していると、
オイ、水柱。
背後から声を掛けられた。


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