第178話

" 独り "
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2021/01/18 17:00
部下
今、あなた様が何か言ったぞ。
部下
気にするな。
あなた

…ゅう……、

部下
部下
部下
仲間は居ないんだったな?
部下
ああ。妙な烏が1匹居たが、この山から出て行った後は姿を見ていない。
あなた

部下
なら、仲間の追っ手については心配要らないな。

掠れた私の声は蝋燭の吹き消すような風だけで、
誰にも届かぬように空気中に伏せられてしまうには充分だった。
あなた

っ…


私が異変に気がついたのは、

村からの乾いた木材が焼ける煙の匂いがしなくなっている事だ。


ユサッユサッと体が揺れる度に、だんだん三郎さんや遥音さん達が居る村の匂いがしないようになっていく。


(匂…が、しま、せ…。)


村からそれだけ離れた所まで移動したという事だろうか。

いや、それにしてはあまりにも早すぎる。


(もしか…て、薬…所為で……?)


辺りの木々の匂いさえも、葉から仄かに香る甘い匂いさえも、


どんどん薄れていって…




やがて、

私の鼻を掠める風からは何の匂いもしなくなった。
あなた



私の鼻には灰色の匂いだけが残った。



色の無くなった、どんな感情も呼び起こさなければ、どんな心も揺らさない。

それは弾けた火の粉が、果てしなく深い空へと上っていく時の温かくも煙たい匂いとは違う。
あなた


冷たくて、

焼け残った真っ黒な炭が無惨に散らされて放置されているような、




寂しい匂い。





『誰も助けには来ない』。

そんな事は分かっていた筈だった。


だって、
部下
村の奴らはどうだ?

私は、
部下
祭な夢中でこんな山奥での出来事なんて気づきやしない。誰も来ないさ。

ずっと…
部下
なんせあなた様はずっと独りだったんだからな。


───── " 独り " だった…?

あなた

っ…、




本当に、私は……… " 独り " だったの?






(違…ます、)
あなた

ちがっ……す

部下
ん?
あなた

違…ま…!違っ…!!!


上手く声に言葉が乗らず、酸欠の金魚の様に口をパクパクさせる。

それでも私は決して言葉を乗せるのを止めなかった。
部下
あなた様!何を!
あなた

離…て下……ぃ!わた…はっ、独…じゃ

部下
くっ、!
あなた

独りじゃありません!!!!




今すぐにでもこの手を振り上げられるのなら、

真っ先にこの頬をはたいてやりたい。


あなた

ん"!!!

部下
?!

思い通りに動かない手足を無理にじたばたと暴れさせ、動物の唸りにも似た声で拳を武器にしていた部下の男の両手を振り切る。

『ドサッ!』
あなた

っ!


私を抱き上げていた部下の男の両手から何とか逃れたが、私は右肩から地面に叩きつけられ、思わず痛みを堪える声が漏れる。


右肩の骨が押し付けられ、関節がぐっと潰される感覚に近い。

頭は打たなかったものの、今は押さえることもままならない。


(逃げなければ…!)


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