濡れた髪の上に手拭いを軽く垂らし、前髪を真っ直ぐ目元が隠れるように整える。
(こうすれば私が誰なのか、あまり分かりませんね…)
最近は声をよく掛けて下さる患者の隊士の方々が多く、少し困っていた。
人見知りが前提の私には随分と頭を悩まされてしまう事柄だ。
お風呂上がりのポカポカした温かさが私を覆い、
私の体を吹き通っていく風が少しだけ冷たい。
(お風呂、気持ち良かったです…)
『トントントントン…』
木材の床を歩く足音と共に少し長い廊下を進む。
蝶屋敷でお世話になって暫く経ったが、自分の異常な方向音痴さのせいで、まだまだ屋敷の中では迷子になりそうになっている。
日常的に使用したり、よく立ち入る場所は心配ないのだが、
数回しか行ったことのない部屋や廊下に来てしまうと、さっぱり調理場や縁側の方には戻れなくなってしまうのだ。
(早いところ、何とか覚えていかないとっ…ですね!)
隊服の件でお話しようと考えていた、しのぶさんの居る部屋の前まで来た。
『トントンッ』
・
・
・
私は「あっ」と思い出し、つい前のめりになりかけて話し始める。
『あなたへ
元気か? 俺は元気だ。
あなたが町を離れてから少し経ったけど、皆変わらず元気に過ごしてるよ。
あなたが突然町に下りて来なくなって、俺は別に心配して無かったけど、
雛子や薊達が喚いていたら、湯屋のおばちゃんから「鬼狩り様と共に行ってしまったんだよ」と聞いて、少し安心してた。
虎次郎は「あなたねぇちゃんに会いたい」ってずっと泣いてて、あやすのに史郎が手こずってたぞ。
────それから、高田のおっちゃんと島崎のおばちゃんから伝言。
あなたの居場所を嗅ぎつけて、また各所から食材がこの町に大量に送られて来てる。
鬼狩り様の中にあなたに届けてくれる人が居るようなので、お願いした。
────変な奴に絡まれてないか、特に猪の奴とか。
怪我してないか、無理しすぎるなよ。
死ぬなよ。
それだけ。
湯殿町 代表
太一』
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!