意地悪をしてやろうと思った。
目の前の面を付けた女があまりにも嫌がるから、からかいがいがあると思った。
不細工でもそうでなくても、どうでも良かったが、適当に絡んで遊んでやろうと考えていた。
けど、
『スルスルスル…』
面の結び目を解き、狐の反面を取った彼女は、
優しい声と一致するように、本当に美しい顔立ちをしていた。
思わず息をするのを忘れる。
見た事が無い、ここまで綺麗な女を。
面を外したまま、俺の両手を取る彼女。
(お、おいっ…////)
初めて会った女に手を握られ、不覚にも高鳴る俺の胸にはお構い無しに、彼女はずずいっと顔を近づける。
(とにかく、すげぇ綺麗な女だったなぁ…)
彼女と別れた後、俺は振り返りそうになるのを我慢して、
いつもの社へと向かおうとした。
遥音に…会う為に。
社に行くには山中の長い階段を上り、所々剥げてしまった朱い鳥居を潜らなければいけない。
社に着いたら、まず縁結びの神様に礼をする。
それから遥音の名を呼ぶんだ。
遥音は俺が我慢できなくなる迄、絶対に出て来ない。
痺れを切らした俺が探し始めると、クスクスと笑ってひょっこり俺の前に現れる。
『さっくん、…』
恥ずかしがりの遥音は顔を少し赤くして、ふにゃっと今にも溶けそうな笑みを浮かべるんだ。
『っ…//// お前さぁっ、俺が呼んでんだから、すって出て来いよ!//』
『ご、ごめん、っね? でも、さっくんが私の名前を呼んでくれるのが、好き…な、の…//////』
『なっ…う、うるせっ。///』
そっぽを向いて、社の階段に腰を下ろした俺の隣に、遥音も少しおどおどしながら隣に座る。
これがいつもの日常。
遥音との日常、遊び方、接し方。
名前ぐらい、いつだって呼んでやる。
そう思っていた。
けど、今日は…
遥音が俺の隣に社の前で腰を下ろすことは無かった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!