彼は私の前に来た。
そして、「忘れないよ」と言った。
彼は少し間をおいて話した。
そうやって笑う彼は
夕日に照らされて綺麗に見えた。
そして、儚く見えた。
_________ やっぱり、な…
泣いちゃダメ。
振られるために言ったんでしょ。
なんで、止まってくれないの。
…涙も、彼への想いも。
あの時から聖奈ちゃんのことが
好きなんじゃないかって思ってたし、
私はもう必要ないんだと自覚した。
だから彼を避けるようになったし
彼を忘れようと思った。
事故に遭って良かった、とまで思った。
私は運良く助かったけど
本当にあと数分遅れていたら
死んでいたかもしれない。
あのまま記憶が戻ってなかったら
こんな辛い思いをすることもなかっただろう。
彼は私の頭をポンポンとする。
(最後まで優しくしないで…)
遠くから七海!と呼ぶ声が聞こえた。
衛輔くんだった。
そう言って彼は
私と反対方向に歩いて行った。
わたしは衛輔くんの方に…
高2、夏 _________
_________ 朝倉七海、2度目の失恋
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あれから3ヶ月。
もうすぐわたしの誕生日 _________
あの事故以降車椅子生活だったが
リハビリも終わり完治して
最近普通に歩けるようになった。
10月25日、私の誕生日。
その日の予定空いてるのかと薫に聞かれたとき
すぐに答えることができなかった。
その日、衛輔くんたちの試合が入るかもしれなかったから。
辛くない?と聞かれても
辛いとは言えなかった。
本当は辛い悲しい苦しい。でも、
それ以上に、それが彼らの最後の試合になってしまうかもしれないから、わたしは彼らを応援したいと思った。
そう、私は未だに黒尾さんに
記憶が戻ったことを話せていない。
衛輔くんと研磨くんには話したけど
黒尾さんには言わないで、と言った。
研磨くんはそう言って教室に向かった。
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そろそろ黒尾さんに言わないと…
そう考えながら授業中も過ごしていた。
放課後、私たちの教室を訪ねてきたのは
聖奈ちゃんだった。
ちょっと話があると言われ連れて来られたのは
屋上に繋がる階段。
すぐに答えるのが怖かった。
みんなにはそう思わせないように
3ヶ月振る舞っていたのに。
やっぱり、そうだったんだ。
あの時からわたしは必要とされてなかった。
少しずつ彼女に距離を縮められて
わたしは階段側に立った。
また距離を詰められ
後ろに1歩下がろうとした時
床の感覚がなかった。
もうそこは階段の1段目。
私は踏み外して階段から落ちた。
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彼女の慌てる声が聞こえた。
彼女は誰か呼んでくると言って
下りていった。
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誰も呼ばなくていい。
このまま、私いなくなったっていい。
このまま ________________
_________ 七海!!!!
はっきり聞こえた男の人の声。
でも、衛輔くんでも研磨くんでもなかった。
階段を上る足音がした。
荒い息遣いも聞こえる。
そんな大きな声なんて出ない。
目を開くのでさえちょっと辛い。
頭が痛い、体が痛い。
至る所全て、階段から落ちて痛めている。
血が出ていないことが幸いだ。
短い階段でよかった。
一番来てほしくない人が、来てしまった。
うっすら見える視界の中、
彼は汗だくでとても慌てていた。
そんな彼が愛おしくて、
ちょっと笑ってしまった
その彼の声は少しずつ遠くなっていった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!