交通事故に遭ってから2週間。
私は未だにあの黒髪の人のことを思い出せなかった。
毎日お見舞いに来てくれるのに
私は何も思い出せない。
今日も彼は花を持ってお見舞いに来た。
練習で忙しいはずなのに。
彼は一度深呼吸をしてから話し始めた
たくさん悩ませたのだろう。
こういう決断をさせてしまった私が悪いのに
彼は頭を下げて謝った。
もっと彼のことを知りたかった。
もっと、優しい彼を知っているような気がした。
でも、彼を引き止めることはできなかった。
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黒尾さんと別れて約1ヶ月が経った。
リハビリもして完全に治るまでは通院だけど
入院生活が終わり普通に学校に行けるようになった。
しばらくの間は車椅子での生活だった
何か思い出すかもしれない。
今日はたまたまカメラを持って来ていたのだ。
少しの期待と少しの不安が
私の胸の中で混ざる ___________
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放課後、私は薫と一緒に
体育館のギャラリーに向かった。
彼のことはよく思い出せない。
事故に遭って目が覚めて
駆けつけてくれた時には
彼のことは覚えていなかった。
前の私にとっては
"いい彼氏"なのかもしれない。
その時のことはまだ思い出せない。
少し意味深な返事だった。
彼女は少し俯いて話していた。
___________ 今の私、には
彼がどんな人だったかわからない。
お見舞いに来ていた時だけしか知らない。
でも、その時の彼は
少しでも早く記憶が戻るように
彼自身の話をしてくれた。
(優しくて笑顔が素敵な人、だったな…)
面会時間ギリギリまで彼は居てくれていた。
バレー部の話もしてくれた。
そんな彼のことをもっと知りたいと思った。
今も知りたいと思っている。
___________ 早く思い出したいのに…
別れようと言われた時には気づいていた。
衛輔くんはもちろん好きだけど、
黒尾さんに対する「好き」とは違うって。
彼の笑顔をもっと見たいと思った。
彼の話をもっと聞きたいと思った。
彼がバレーしているところを見たいと思った。
彼の隣で歩きたいと思った。
彼の横顔、泣き顔を見たいと思った。
彼の全てが愛おしくなった。
早く次の日にならないかなって毎日思ってた。
早く来てほしいなって思うようになった。
気づいたら、
頭の中は黒尾さんのことでいっぱい。
それくらい彼のことが好きなんだ、と思った。
彼が居るから、全てが明るく綺麗に見えた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!