第5話

パンケーキよりも甘いもの
1,470
2021/07/26 04:00
 初デートのプラン通り、映画の後はご飯を食べるためカフェへ行くことになった。
(なまえ)
あなた
先輩はなにか
食べたいものとかあります?
 その問いに対して「それなら……」と先輩が連れてきてくれたのは、パンケーキがおいしいと話題のとあるカフェだった。
(なまえ)
あなた
わぁー……!!
 ここは〝おとぎの森〟がコンセプトのカフェ。
 店内はファンシーな装飾で彩られ、座席にはくまやうさぎなどのぬいぐるみたちが座っている。
(なまえ)
あなた
このお店、私ずっと
来てみたかったんです!
……って話しましたっけ?
時雨
時雨
んー、どうかなぁ。
かわいい彼女さんのことは
なんでも知ってるんだよ?
(なまえ)
あなた
うっ
 ——アイドル顔負けのウインクが あなたの心に クリティカルヒット!! ▼
時雨
時雨
……なーんちゃって。
たまたまだよ
(なまえ)
あなた
そ、そうですよね……!
 でもいくらなんでもさっきのはずるすぎる……!
時雨
時雨
……うそだけど
(なまえ)
あなた
え?
時雨
時雨
なんでもないよ。独り言



 案内されたテーブルのソファで、眠たげな目をしたくまがこちらを見ている。
(なまえ)
あなた
かっ、かわいい~~~
 くまへ伸ばした手に、ぬいぐるみ特有ののふわふわな毛並みが触れて、思わずとけた声がでた。
(なまえ)
あなた
(おててふにふにで気持ちいい……)
(なまえ)
あなた
(それになんか先輩に似て
 のんびり屋さんっぽい顔立ちが
 何とも言えない)
 もふもふを堪能していると、くすくす、と先輩の抑え気味な笑い声に、ハッと我に返る。
時雨
時雨
かわいいなぁ
(なまえ)
あなた
!?
(なまえ)
あなた
(って、違う違う……!
 相変わらず
 まぎらわしいんだから……)
(なまえ)
あなた
……こほん。
メニュー決めましょう?
時雨
時雨
そうだね
 うっ、温かいまなざしが恥ずかしい……。
(なまえ)
あなた
私、このお店のパンケーキが
食べたかったんですよね
 手にとったメニューの写真はどれもきらきらしていておいしそうだ。
時雨
時雨
俺も。
この前テレビで見ていいなぁって
(なまえ)
あなた
先輩も甘いの好きなんですか?
時雨
時雨
うん。けっこー好き
 へにゃっとした笑みを浮かべる。
(なまえ)
あなた
(うっ、こっちもかわいい……)
 思わず隣に座るくまの頭に顔をうずめた。
 新しく知った先輩の一面に緩んでいる頬も一緒に隠してくれるくまさん、ありがとう。


(なまえ)
あなた
(うーん。
 ふわふわパンケーキもいいけど、
 いちごたっぷりのも捨てがたい)
時雨
時雨
決まった?
(なまえ)
あなた
プレーンといちご、
どっちにしようか悩んでて……
時雨
時雨
じゃあわけっこしようよ
(なまえ)
あなた
い、いいんですか……?
 どっちも食べられるなんて幸せだ……。


店員さん
お待たせいたしました。こちら
金色卵のふわふわパンケーキと、
いちごたっぷり
森の野いちごパンケーキです
 お皿の動きに合わせてふわふわぷるぷる揺れるパンケーキに、いちごのソースがきらきら輝いていて。
(なまえ)
あなた
おいしそう……
時雨
時雨
ふわふわがしぼまないうちに
食べちゃおうか
(なまえ)
あなた
ん、いただきます……!
 ぱくっと口いっぱいに頬張る。
 口の中で溶けてしまいそうな生地に、ソースの優しい甘さが絶妙にマッチしている。
(なまえ)
あなた
しあわせの味がする~
 頬杖をついてこちらを見つめる先輩とぱちっと目が合った。
時雨
時雨
おいしい?
 こくこくとうなずく。
時雨
時雨
よかったよかった。
こっちもどうぞ
 ごくん、と飲み込んだのを見計らったように先輩がフォークを差し出す。
(なまえ)
あなた
???
(なまえ)
あなた
(あれ、
 そういえばわけっこって……)
時雨
時雨
はい、あーん
(なまえ)
あなた
!?!?!?
(なまえ)
あなた
(どっっ、どどどどうしろと!?!?
 食べていいよってこと???
 食べるの?? なにを!?!?!)
 気になっていたものをどっちも食べられることに気を取られ過ぎて、わけっこの本当の意味を理解していなかった。
 差し出された〝あーん〟をどうするべきか、考えれば考えるほど思考が空回りしてゆく。
時雨
時雨
クリーム落ちちゃうよ。
はやくはやく
(なまえ)
あなた
(そんなこと言われても
 心の準備が……!
 うっ……ええい、ままよ!!)
 どうにでもなれ! の気持ちでぱくっと差し出されたパンケーキを口にする。
時雨
時雨
こっちもおいしいでしょ?
 ぐずぐずに茹で上がった頭じゃ味なんてよくわからない。
 ひたすらこくこくと、真っ赤になっているであろう顔で頷くことしか出来なかった。
時雨
時雨
よかった
 満足そうに笑う先輩にほっと一息つく。
 ばくばく鳴る心臓はまだ痛いくらいにうるさい。けど、なんとか山は越えられた。
時雨
時雨
じゃあ今度は俺にもちょうだい
(なまえ)
あなた
!?
「これ以上は無理です……!!!!」

 ……と叫べたらどれだけよかっただろう。
時雨
時雨
あーん
(なまえ)
あなた
(うっ、待って……!!)
 にこにこ笑う先輩と慌てふためく私。
 あまりにも余裕そうなその表情に、もういっそ照れてる私をからかってるんじゃないかとまで思えてくる。
(なまえ)
あなた
(がんばれ私……。
 切り分けて差し出すだけ、
 なんだから……)
(なまえ)
あなた
ぁ……、あーん……
時雨
時雨
んっ……うん、
あなたちゃんのもおいしいね
(なまえ)
あなた
う……、よかった、です
 頭のてっぺんから指の先に至るまで体が熱くてしょうがない。
 このままじゃ心臓が持たないよ……。
 とてもじゃないが冷静になんてなれず、正直パンケーキの味は……あんまり覚えていない。


***

 その後のデートもプラン通りに、ショッピングや食べ歩きを楽しむこととなった。
 ゲーセンのクレーンゲームに挑戦したり、レモネードを飲んだり……。
 特別なことはなにもないけど、それでも先輩と話しながら歩けば世界がぱちぱちと光がはじけるようにきらめいて見えた。
 ドキドキでいっぱいいっぱいになっちゃうこともあるけれど、何をするのも楽しくて。
 やっぱり先輩の隣は、居心地が良い。
 飲み終えたレモネードのカップを持て余していると、路地にある小さなお店が目に留まった。
 アクセサリーやチャームが整然と並べられたありきたりな、でもこぢんまりとしたたたずまいが愛らしい雑貨屋さんだ。
時雨
時雨
入ってみる?
(なまえ)
あなた
! いいんですか?
時雨
時雨
もちろん
 白とダークブラウンを基調とした店内はシックで落ち着いた雰囲気だ。
 店内をぐるりと見渡したあと、入り口近くの棚から順に見てゆく。
 誕生石のペンダント、お守りになるというシルバーのアクセサリー、花の意匠をあしらっ
た揺れる耳飾り、宝石のような瓶に入ったコロン。
(なまえ)
あなた
(あ、先輩の好きな
 シリーズ絵本のうさちゃんもいる。
 ふふ……楽しいなぁ)
 宝箱の中に入り込んだみたいでわくわくする。
時雨
時雨
これ、あなたちゃんに似合いそう
 先輩が差し出したのは、波形を描く細身のシンプルなヘアクリップだった。
時雨
時雨
ほら、ここにつけたら
きっとかわいい
 そう言って髪を耳にかけられて、するりと頭を撫でられる。
 不意の出来事にまた心臓が慌ただしく脈打ちはじめる。
 聞こえる声が近くて、男の人の大きくて骨ばった指が熱くて。
(なまえ)
あなた
こっ、なっ……
ほ、他のとこも見てきます!!!
 わざとらしい言い訳をつけて逃げるように距離を取った。
(なまえ)
あなた
(なんだか今日は
 赤くなってばかりな気がする……)
 鏡に映った火照った自分の顔を前に、ひとつはぁと息を吐いた。
(なまえ)
あなた
(……あつい)
 ……体が跳ねそうになるのを必死にこらえるので精一杯だった。


店員さん
ありがとうございましたー
 せっかくだから、と先輩が選んでくれた髪留めを買ってお店の外に出る。
(なまえ)
あなた
先輩は……?
 きょろきょろと周りを見回すけど、それらしい姿は見当たらない。
(なまえ)
あなた
(てっきり
 もう出てると思ってたのに……)
時雨
時雨
ごめん、お待たせ
 私に一拍遅れて出てきた先輩の手には、このお店の紙袋が収まっている。
(なまえ)
あなた
なにか買ったんですか?
時雨
時雨
んー、ひみつ
 人差し指を口元に当てて、ないしょと言われてしまう。
(なまえ)
あなた
えー
時雨
時雨
あはは、そのうちわかるよ
 ぽん、とナチュラルに頭を撫でられる。
(なまえ)
あなた
むぅ……
 ここ数日で今までよりもずっと距離が縮まったのを感じる。
(なまえ)
あなた
(うれしい、けど……
 このまま死んじゃいそうだ……)
 数歩前でこちらを振り向いた先輩の隣に並んで歩きだす。
 こんな風に並んで歩くなんて、少し前までは考えられなかったことだ。
 なんだか今日は周りの視線を気にしないで、めいっぱい楽しめている。
 ちらり、見上げた先の顔も楽しそうで。
 ——先輩もそうだったら、うれしいなぁ。