第6話

ゆめのあと
1,307
2021/08/02 04:00
 ショッピングモールの自動ドアを抜けたら、外はすっかり日が暮れていた。
 街灯の青い光は少し寂しくて、楽しかったデートももう終わりなのだと、なんだか物悲しい気持ちになる。
(なまえ)
あなた
(駅までの道のりが
 もっと長くなればいいのに)
〝恋人ごっこ〟の関係だから実現した先輩とのお出かけだったけど、並んで街を歩いて、おんなじ映画をみて、カフェでパンケーキをわけっこして……。
 私と先輩はちゃんとした恋人同士じゃないけど……今日のこれは本当のデートみたいに思えたし、本物の恋人のようで楽しかった。
 夢のような時間が終わってしまうと思うと足が重くて、わざとゆっくり歩いてみる。
時雨
時雨
疲れちゃった?
いろんなとこ行ったもんね
(なまえ)
あなた
……そうかもしれませんね
 でも、名残惜しいけど、もう、夜だから。帰らなきゃ。
(なまえ)
あなた
今日は……どうでした?
一日私とその、デー……
時雨
時雨
でー……?
(なまえ)
あなた
で、出掛けてみて……
 デートって口にするのが恥ずかしくて、思わず誤魔化した。
時雨
時雨
ふふ、楽しかったよ
(なまえ)
あなた
……ほんとですか?
 こちらを見つめる優しい笑顔と視線がかち合う。
(なまえ)
あなた
(そっか。えへへ……そっかぁ)
時雨
時雨
今日あなたちゃんとこうやって
お出かけできて、すっごく
 どうしたって頬が緩んでしまう。
 ふわふわ宙に浮かんでゆくような心地には覚えがあった。
 あの日、図書室で告白された時と同じ、空を飛べそうな心地。
 ——でも、そういうことの後は必ず地に落とされるのものだ。
時雨
時雨
楽しかったよ。いつもと同じ
放課後の延長線みたいでさ
(なまえ)
あなた
……え
 くらっと頭が重くなる。
(なまえ)
あなた
(それ、って……先輩はデートだとは
 思ってなかったってこと?
 私はそう思ってたとしても、
 先輩はそうじゃなかった……?)
時雨
時雨
放課後って
二時間くらしかないでしょ?
だからいつも短いなって
思ってたんだ
(なまえ)
あなた
ぁ、そう、ですね……
 自分の想いは一方通行なのだと、改めて思い知らされた気分だ。
 サァ……と体の熱が消えて、周りの音が消えてゆく。
 途端にさっきまでのあたたかい気持ちはなくなって、ぞわぞわと黒いものが這い上がってきた。
 ——私と先輩は釣り合ってないんじゃないか。
 図書室で先輩がキラキラとした女の子たちと話している時に感じる、羨望とか嫉妬とか、劣等感……とか。
 そんな後ろ向きな気持ちが湧き上がってくる。
 自分に自信のない、いつもの私。
 そんな自分が今、先輩の隣に並んでいることが恥ずかしくなって、すれ違う人たちの、小声で交わされる会話の内容が気になって。向けられる視線がこわくなった。
 今日一日そんなこと、気にならなかったのに。
 ううん、気にする余裕もないくらい、ドキドキして、先輩の隣でいっぱい話して、たくさん笑って、それがぜんぶ楽しくて。
(なまえ)
あなた
……
 でも先輩は私と同じ気持ちじゃ、なかったんだ……。
 うつむいた視線の先には、地面に吐き捨てられて黒くこびりついたガム。
(なまえ)
あなた
(あー、やばい泣きそう。
 こんな、ダメなのに……
 楽しかったはずなのに……)
 ぐっと奥歯を噛みしめた。その時だった。
時雨
時雨
ねえあなたちゃん
(なまえ)
あなた
……?
時雨
時雨
最後にもう少しだけ、
恋人っぽいことしようか
 顔を上げるや否や、ぱしっと手を取られる。
(なまえ)
あなた
せんぱっ……
 名前を呼ぼうとして、息をのんだ。
 先輩の瞳が、街の明かりをとかしたようにきらめいていたから。
 やさしく笑んだ、その表情にさっきまでの不安が上書きされてゆく。
(なまえ)
あなた
(あぁ、どうしよう)
 繋いだ手から感じるぬくもりは他のなによりあたたかくて、じんわり心が軽くなった。
 いつだったか目にした恋愛小説の一節を思い出す。
『好きなひとの言動ひとつで舞い上がったり苦しくなったり。誰かを好きになるってそういうことだよ』
 あの時はなんて陳腐なセリフなんだと思ったけど、つまるところ人ってのはそういうものなのだ。
 先輩と、夜の道を手を繋いで歩く。
 たったそれだけのことで、落ち込んでいた心が浮かび上がってしまうんだから。
(なまえ)
あなた
(私って単純だなぁ)
(なまえ)
あなた
っふふ……
 思わず笑っちゃうほどに。


 ***

(なまえ)
あなた
今日はありがとうございました
時雨
時雨
こちらこそ
付き合ってくれてありがとね
 駅の改札。
 先輩とは電車が反対だから、中に入ってしまえばそれでお別れだ。
 あともう少しだけでも、一緒にいたい。けど……いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。
(なまえ)
あなた
じゃあ先輩。また明日、学校で
時雨
時雨
うん。……あっ、
あなたちゃんちょっと待って
 呼び止められて、動きを止める。
時雨
時雨
わざとらしくて、
なんか恥ずかしいんだけど……
 そう言って先輩が差し出したのは、今日先輩が見繕ってくれたヘアアクセを買った雑貨屋さんの紙袋だった。
(なまえ)
あなた
これは……?
 中を覗くとそこには、小さなくまのぬいぐるみキーホルダーがちょこんと入れられていた。
時雨
時雨
こういうの好き、みたいだから
 手に乗せたくまはどこか眠そうな顔をしていて、カフェにいた先輩似の子を思い出す。
時雨
時雨
……俺と、おそろい
 そう照れくさそうに笑う先輩の手にも、おそろいのくまが座っていた。
(なまえ)
あなた
うれしい、です……!
すごく……
 駅の蛍光灯に照らされた先輩の顔は耳まで真っ赤に染まっている。
 私はくまのぬいぐるみをきゅっと胸に抱いた。


 一人になった電車の席に座って、カバンからくまを取り出す。
(なまえ)
あなた
(照れてあんなに
 真っ赤になる先輩なんて、
 レアなものを見たな)
 先輩からのプレゼントは思ってた以上にうれしくて、喜びがじわじわと溢れてくる。
 どことなく先輩に似たくまの顔をみていると、勇気がもらえるような気がする。
(なまえ)
あなた
(この子に名前、
 つけてあげないとな)
(なまえ)
あなた
えへ……
 最寄り駅まで揺られる車内で、うとうととまどろみながらも、自然に笑顔がこぼれていた。