ショッピングモールの自動ドアを抜けたら、外はすっかり日が暮れていた。
街灯の青い光は少し寂しくて、楽しかったデートももう終わりなのだと、なんだか物悲しい気持ちになる。
〝恋人ごっこ〟の関係だから実現した先輩とのお出かけだったけど、並んで街を歩いて、おんなじ映画をみて、カフェでパンケーキをわけっこして……。
私と先輩はちゃんとした恋人同士じゃないけど……今日のこれは本当のデートみたいに思えたし、本物の恋人のようで楽しかった。
夢のような時間が終わってしまうと思うと足が重くて、わざとゆっくり歩いてみる。
でも、名残惜しいけど、もう、夜だから。帰らなきゃ。
デートって口にするのが恥ずかしくて、思わず誤魔化した。
こちらを見つめる優しい笑顔と視線がかち合う。
どうしたって頬が緩んでしまう。
ふわふわ宙に浮かんでゆくような心地には覚えがあった。
あの日、図書室で告白された時と同じ、空を飛べそうな心地。
——でも、そういうことの後は必ず地に落とされるのものだ。
くらっと頭が重くなる。
自分の想いは一方通行なのだと、改めて思い知らされた気分だ。
サァ……と体の熱が消えて、周りの音が消えてゆく。
途端にさっきまでのあたたかい気持ちはなくなって、ぞわぞわと黒いものが這い上がってきた。
——私と先輩は釣り合ってないんじゃないか。
図書室で先輩がキラキラとした女の子たちと話している時に感じる、羨望とか嫉妬とか、劣等感……とか。
そんな後ろ向きな気持ちが湧き上がってくる。
自分に自信のない、いつもの私。
そんな自分が今、先輩の隣に並んでいることが恥ずかしくなって、すれ違う人たちの、小声で交わされる会話の内容が気になって。向けられる視線がこわくなった。
今日一日そんなこと、気にならなかったのに。
ううん、気にする余裕もないくらい、ドキドキして、先輩の隣でいっぱい話して、たくさん笑って、それがぜんぶ楽しくて。
でも先輩は私と同じ気持ちじゃ、なかったんだ……。
うつむいた視線の先には、地面に吐き捨てられて黒くこびりついたガム。
ぐっと奥歯を噛みしめた。その時だった。
顔を上げるや否や、ぱしっと手を取られる。
名前を呼ぼうとして、息をのんだ。
先輩の瞳が、街の明かりをとかしたようにきらめいていたから。
やさしく笑んだ、その表情にさっきまでの不安が上書きされてゆく。
繋いだ手から感じるぬくもりは他のなによりあたたかくて、じんわり心が軽くなった。
いつだったか目にした恋愛小説の一節を思い出す。
『好きなひとの言動ひとつで舞い上がったり苦しくなったり。誰かを好きになるってそういうことだよ』
あの時はなんて陳腐なセリフなんだと思ったけど、つまるところ人ってのはそういうものなのだ。
先輩と、夜の道を手を繋いで歩く。
たったそれだけのことで、落ち込んでいた心が浮かび上がってしまうんだから。
思わず笑っちゃうほどに。
***
駅の改札。
先輩とは電車が反対だから、中に入ってしまえばそれでお別れだ。
あともう少しだけでも、一緒にいたい。けど……いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。
呼び止められて、動きを止める。
そう言って先輩が差し出したのは、今日先輩が見繕ってくれたヘアアクセを買った雑貨屋さんの紙袋だった。
中を覗くとそこには、小さなくまのぬいぐるみキーホルダーがちょこんと入れられていた。
手に乗せたくまはどこか眠そうな顔をしていて、カフェにいた先輩似の子を思い出す。
そう照れくさそうに笑う先輩の手にも、おそろいのくまが座っていた。
駅の蛍光灯に照らされた先輩の顔は耳まで真っ赤に染まっている。
私はくまのぬいぐるみをきゅっと胸に抱いた。
一人になった電車の席に座って、カバンからくまを取り出す。
先輩からのプレゼントは思ってた以上にうれしくて、喜びがじわじわと溢れてくる。
どことなく先輩に似たくまの顔をみていると、勇気がもらえるような気がする。
最寄り駅まで揺られる車内で、うとうととまどろみながらも、自然に笑顔がこぼれていた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!