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第1話

鹿編(1) :re
142
2018/05/28 08:17
目撃者A
目撃者A
自分でもビックリしていますよ。
こんな東京のど真ん中でまさか鹿と遭遇するなんて。
しかもそれが...ただの鹿じゃなかったんですよ。
あなた

続けて。

目撃者A
目撃者A
はい。
目撃者A
目撃者A
私が住んでるのは新宿ですよ。
そんな都会にまず鹿がいること自体おかしいじゃないですか。
だけど、私もその時は酔っ払っていましてね。
「鹿が襲ってきたらどうしよう」だなんて呑気に思いながら、鹿を避けようとしたんですよ。

なんせ帰る方向に鹿がいたんでね。
あなた はカメラの方に顔だけを向け、AdemaTVの視聴者に話しかけた。
あなた

視聴者の皆さんは鹿を見つけたら、その場で警察に連絡してくださいね。

あなたはゲストの方に顔を向き直して、話を続けるようにと手でジェスチャーをした。

それを見て、ゲストは話の続きを始めた。
目撃者A
目撃者A
そこで奇妙なことに気づいたんです。
鹿が目の前にいたときは、鹿は私にお尻を向けていたのですよ。顔をこちらに向けてね。

それなのに、私が鹿を横切ろうとしたときも私の視界に見えたのは、まだ鹿の尻。
あなた

それは奇妙ですねぇ。

目撃者A
目撃者A
おかしいでしょう?
尻を向けていた鹿の横を通ろうと思ったのだから、鹿の胴体が見えるはずですよね。
なのに見えてるのはお尻なんです。鹿の。
あなた

鹿があなたにお尻を見せつけているように思えるような話ですね。

目撃者A
目撃者A
ここまで話したら、たしかにそうとは思えるかもしれません。
ただ、お尻を見せつけようとしてるなら、
私の方にお尻を向けようと鹿が体を動かすはずですよね。
でも私には鹿が動いたようには見えなかった。
あなた

つまり...どの角度から見ても鹿のお尻が正面になって見えていた、ということでしょうか..

目撃者A
目撃者A
その通りです。
まるで3次元のこの世界で、唯一その鹿だけが2次元...平面になってるようでしたね。
あなた

まったく理解できませんね...

目撃者A
目撃者A
私も理解できません。ですが事実なのです。
あなた

とても奇妙な体験だと思いますが、私だったらその場ですぐ逃げ出してしまうと思います。
それでも、あなたは恐ろしさを感じず鹿のそばを通ったのでしょうか?

目撃者A
目撃者A
それが...
あなた

どうされたんですか?

目撃者A
目撃者A
気づいたら涙を流していたんです。
あなた

涙を...?

目撃者A
目撃者A
その鹿のお尻の形、ハート型をしてるんですが、それを見ていたら涙が溢れて来たのです。
目撃者A
目撃者A
悲しいとか嬉しいとか感情はないんです。
まるで誰かが私の体の中から無理矢理涙を押し出してるような感覚です。
あなた

その後どうされたのですか?

目撃者A
目撃者A
1分くらいで涙が止まったので、私がふと我に戻ったときにはもう鹿の尻は消えていました。
あなた

それであなたは家に帰ったと。

目撃者A
目撃者A
その通りです。ただ、私はまたどうしてもその鹿に会いたくなったのです。
鹿にというより、その鹿の尻を猛烈に見たくなったのです。
あなた

ただ、鹿は消えてしまいどこにいるかもわからないのですよね。どうやって見つけたんですか?

目撃者A
目撃者A
まずはインターネットで調べてみました。
「鹿 尻 涙」と。
まぁ、そう簡単には鹿の情報を得られず。
ツイッチャーでも検索したのですが、私と同じような体験のつぶやきはありませんでした。
あなた

つまり、あなたがその鹿の、鹿のお尻の初めての目撃者だということですね。

目撃者A
目撃者A
おそらく。
目撃者A
目撃者A
1ヶ月経っても鹿の情報が現れなかったので、私は自分の体験をツイッチャーとブログで発信してみることにしました。

すると不思議なことに、数日経ってから次々と同じ体験をしたというカキコミが増えて来たんです。
あなた

発信をした後から、突然鹿の尻の目撃者が出始めたわけですね。

目撃者A
目撃者A
そうなんです。
目撃者A
目撃者A
もう私は鹿の尻に会いたくて会いたくて仕方がなかった。
なにせ1ヶ月も鹿の尻を見てないのですから。
なので情報交換をするためにツイッチャーとブログで目撃者同士で集まらないかと呼びかけたんです。
あなた

鹿の尻のオフ会を開催したと。

目撃者A
目撃者A
オフ会なんて仲良しこよしの会じゃありませんよ。
あの雰囲気はまるで宗教ですね。
鹿の尻で涙を流した者たちが集まる集会。
またあの鹿を見て涙を流したい、そうすれば嫌なことを全て忘れることができる、そう信じた者たちの集まりなわけです。
あなた

時間が経つにつれて、鹿の尻と遭遇して涙を流したという非日常体験を忘れることができず、もう一度非日常を味わいたいという欲求を皆さんが持ってしまっていたのですね。

あなた

それでオフ会では何を?

目撃者A
目撃者A
無性に鹿の尻を見たい、という気持ちを集会に来た人全員が持っていました。
あなた

情報交換だけではないですよね?

目撃者A
目撃者A
先程も話した通り、皆鹿の尻をもう一度拝みたいと考えてました。
だから、どうすれば、どこに行けば鹿と遭遇できるのかを知ることが私たちのゴールでした。
目撃者A
目撃者A
まず私達が行ったのは、鹿の目撃情報を全員分集め、出没範囲を特定またはしぼりこむことでした。
しかし結果は、出没範囲は日本全国とわかり、どこらへんに行けば鹿と会えそうなのかはわかりませんでした。
あなた

しかし、あなたは鹿と会えたそうですね。

目撃者A
目撃者A
そうです。
どう会えたのかと聞かれたら答えるのが難しいのですが、願いが通じたと言えば良いのでしょうか。
これも新宿の自宅へ帰っている途中にたまたま目の前に現れたのです。
目撃者A
目撃者A
すぐに私は仲間たちを集めました。
みんなで鹿を目の前にして、同じ感動を味わいたかったからです。
近くにいた仲間たちは数分で駆けつけ、比較的遠くにいた仲間たちも20分ほどしたらやってきました。
わざわざ新幹線に乗って来た仲間もいましたよ。
あなた

それほど熱狂的になっていたのですね。

目撃者A
目撃者A
そりゃそうですよ。
2ヶ月、3ヶ月くらいは待ちましたからね。
あなたも愛する異性がいたら3ヶ月も会えないだなんて苦しいでしょ?
しかも私達の場合は、連絡すら取らないのです。
気が狂ってしまいますよ。
あなた

私はその鹿に出会ったことがないのでその感覚が理解できませんが、今は多様性の時代。
いろんな感性の方がいることは理解しています。

目撃者A
目撃者A
ありがとうございます。
ただ、私は単なる盲信をしていたわけではないんです。
実は声が聞こえたのです。
あなた

声?
どのような声ですか?

目撃者A
目撃者A
他の誰も聞こえなかったと言うのですが、私にはハッキリと聞こえたのです。
「オヌシヨ。ワガ、ハジメテノ、チキュウノトモヨ。ワレラトトモニ、チキュウヲ、チェンジスルノダ」

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