第47話

揺らぐ
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2023/04/19 15:13
ただ走った。
足が痛いのも忘れて走った。
祈るような思いで階段を駆け上がる。
息が苦しい。
……つ、いた!
お願い。間に合って。
足が震えるのは疲労のせいか、不安か恐怖か
もう分からない。何も。

少しだけ息を整えて、屋上のドアを開ける。
ゆ、き……!雪!
ただぼうっと立ち尽くしていた雪が、こちらを振り返る。
酷く疲れた瞳の奥が揺れていた。
花……?
いた。雪が、いた。
涙が滲む。言葉が出てこない。
私が近づこうとするのを、雪の言葉が制した。
何しに来たの?
足を止めちゃいけない。違う。
雪の言葉がどれだけ鋭くても、冷たくても、
私は、この手を伸ばすと決めたんだ。
……今更、何しに来たのって……聞いてるんだけど。
……。
私があなたを傷つけたことを、謝りに来た。
雪は表情を変えない。
温度を失った声で、言葉を続ける。
謝りに?……そう。それならいいよ、許してあげる。
……っ
それだけ言うと、雪はまた私に背を向けた。
だから、もう俺の邪魔しないでくれる?
花は優しいから、わかってくれるよね?
結局ここで雪を止めるのは、私のエゴなんだろう。
邪魔だと言われても、分かってくれと言われても、
それでもそのまま雪を行かせたくない。

……世界が雪を失うのを、私は見ていることが出来ない。
……雪、お願い聞いて。
その時一瞬振り返った雪の顔を見て、
私は走り出した。

雪が、あまりにも優しい顔をしたから。
ありがとう。さようなら、花。
……行かないで!!
雪が地面を蹴る。
私は精一杯に手を伸ばす。
力を失った雪の手に、その指に届くように。
嫌だ。嫌だ。行かないで。
……!
勢いをつけて雪の手を掴むと、私は思いっきりこちら側に引き寄せた。
(間に、合った……?)
しかし、雪を引き寄せた反動で今度は、私の身体が宙に浮いていた。
え……っ?
落ちる。

目を閉じた。これも罰なのかもしれない。
そんなことを考えながら。

でも、落ちていくと思った私の手は、
冷たい手に掴まれた。
……馬鹿!何してるんだよ!
雪は私の体を引き寄せると、
そのまま私を抱きしめて泣いた。

見たこともないくらいに、ぐちゃぐちゃな表情で
ただひたすらに涙を流す雪の腕の中で、私は黙っていた。
花の馬鹿、鈍臭いくせに!
俺より不器用で、傷つきやすくて、
いつも迷ってて……けど、驚く程に大胆な時もあって……もうわかんないよ!
何で来たんだよ、何で、どうして……
俺のために死にかけることないだろ!
なんでだよ!花……花……!
私はそっと、雪の涙を拭ってキスをした。
……もうそれ以上言わなくてもいい。
だけど、今ここに私がいることを、
雪は今ひとりじゃないんだってことを伝えたい。
……雪。私まだ雪と一緒にいたいよ。
わがままで、稚拙で……
全部ただの私のエゴだけど。

遠回りして、逃げて、見ないふりして
こんな風になるまで向き合えなかった。

臆病で、馬鹿で、私……こんなこと、言う資格ないってわかってるの。

雪がさっき上げた曲を聴いた時、
あなたの考えていることが分かって、
それで堪らなく怖くなった。

いなく、ならないで……。
私、のこと、は、許さなくても、いいから…!
今度は、雪に口を塞がれた。
雪の目は優しくて、切なくて、見つめられると胸の奥がぎゅっと掴まれたような気持ちになる。
……花、やめて。
俺の好きな人をそんなふうに言って欲しくないな。
終電の明かりが見えてきた。
私たちは目を合わせて、暫く黙っていた。

二人の吐息が夜風と混ざって、
ただひたすらに……揺れている。

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