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第2話

今日も音楽室では
「私、ずっと前から染谷くんのことが好きでした!付き合ってください!」
夏の日差しが強くなってきた今日。
こんな暑いのに体育館裏に呼び出して言うことなのだろうか、とかは絶対失礼だから声には出さない。
染谷勇次郎
染谷勇次郎
ごめんなさい。僕は貴女とは付き合えません。きっともっといい人がいると思います。
だから、これからも、友達として仲良くしてくれませんか。
そう言うと、長い茶髪の女子は頬を染め、小さく頷いて新校舎の方へと駆けて行った。
あーあ、今月何回目だろ。
小さく鼻を鳴らして空を仰ぐ。
曇り1つない晴天だ。馬鹿馬鹿しいくらいの。
ポロン
合図みたいに、遠くでピアノが鳴った。
旧校舎の方向からだ。
小さく溜息を落として、旧校舎へと歩く。
生徒は新校舎の音楽室を使う為、旧校舎の音楽室は全くと言っていい程使われず、鍵は開きっぱなしのまま放置されている。
有効活用すればいいのに、とはあいつの言葉だ。
開いていた入口から入ると、木造のボロボロの床がぎしりと軋んだ。建て替えたらいいのに…。そこがいい隠れ家にする秘訣なんだよ、というのもあいつの言葉だ。幼馴染なのに思考が読めないのは、あいつの思考が家出とピアノに偏りすぎだからだ。
旧校舎のオンボロな階段を最上階の4階まで登る。音楽室は4階だ。
4階は、空き教室が2つ、音楽室、第2音楽室、そして屋上へと繋がる階段室という謎の用途の部屋で構成されている。階段室なんて、わざわざ部屋にしなくてもいいのに、というのは僕の言葉だ。
廊下も当たり前のようにボロボロ。オンボロだからか、それとも防音が甘いのか、ピアノの音がしっかりと聞こえる。急かすように早いテンポの曲。これワザとだな絶対。
はあ、と溜息をついて音楽室の扉を開ける。
ギギギイ…ガチャリ
いや凄い軋んでるなおい。直せよ誰か…。
と思っていると、鋭く、けれど柔らかに澄んだ声が飛んできた。
雨川海歌
雨川海歌
やあ、遅かったねモテモテの勇次郎。
可愛い女子を振って何で私のところに来るのかな?
明らかに皮肉げな言葉にしかめ面を返す。
声の主は、今さっきまで音が鳴っていたであろうピアノの、黒い椅子に座る美しい少女。
染谷勇次郎
染谷勇次郎
うるさい。こっちはお前の監視の為に来てるんだけど?
雨川海歌
雨川海歌
ええ?何のことか分からないよ?
とぼけたように返す肩までの黒髪の少女。
こいつがあの音を鳴らしていた正体であり、僕の幼馴染の少女である、雨川海歌あまがわみかだ。
色々訳ありな為、掴みどころもなく飄々とした性格の、デフォルトが無表情の皮肉屋だ。
まあ、そうはいっても。
何故か全て全開にしてある窓から吹く風にあおられてなびく黒髪が透き通るような白い肌にかかっている姿は美しい。もちろん、黙っていればの話だが。
雨川海歌
雨川海歌
あ、今なんか失礼なこと考えたでしょ
染谷勇次郎
染谷勇次郎
考えてない考えてない
エスパーかよこいつ。
雨川海歌
雨川海歌
それにさ、うちの母親の頼みなんて聞かなくてもいいのに
半目でちらりとこちらを見てくる。
これが気遣いなのは言うまでもない。
染谷勇次郎
染谷勇次郎
お前目離したらすぐどっか行くだろ。
お前の母さんも心配なんだよ多分。
すぐ家出するし抜け出すしさ
染谷勇次郎
染谷勇次郎
…心配させてんのはどっちだよ
雨川海歌
雨川海歌
…ちっ、面倒くさい監視者だな
小声でそう言うがバッチリ聞こえている。
染谷勇次郎
染谷勇次郎
聞こえてるし
僕の小言に耳も貸さず鼻歌を歌う海歌。
せっかく可愛い顔してんだから舌打ちとかすんなよ、とかはもう言わない。
言っても効果ないし。
染谷勇次郎
染谷勇次郎
ていうかさ
雨川海歌
雨川海歌
ん、何
染谷勇次郎
染谷勇次郎
お前、今日も教室来なかったよな
雨川海歌
雨川海歌
それが何か?
きょとんとした表情に、思わず、問題大ありだ、という声が出てきそうになった。
ぎりぎりで押し留めると何故か違う言葉が零れた。
染谷勇次郎
染谷勇次郎
…つまんないから
雨川海歌
雨川海歌
は?
いやだから可愛い顔してんのには?とか言うなよ。まあこれも言っても効果ないだろうけど。
染谷勇次郎
染谷勇次郎
お前、僕と同じクラス
雨川海歌
雨川海歌
うん
染谷勇次郎
染谷勇次郎
席、何故かいつも隣
雨川海歌
雨川海歌
何でだろうね…
(母さんまた余計なことしたな…?)
染谷勇次郎
染谷勇次郎
…お前いないと、
雨川海歌
雨川海歌
うん?
染谷勇次郎
染谷勇次郎
……つまんない
小声で呟くと、海歌は噴き出した。
もう爆笑の中の爆笑という感じだ。
まあ笑うのはレアだし可愛いんだけどさ…。
黙れという視線はやっぱり気づかれなかった。
くそ、このド天然め。
雨川海歌
雨川海歌
うっわ照れてる、勇次郎が照れてるー
染谷勇次郎
染谷勇次郎
うるさい写真撮るな
雨川海歌
雨川海歌
えー、ほらこんなに良く撮れてるのに
染谷勇次郎
染谷勇次郎
早く消せ
雨川海歌
雨川海歌
えー、やだー
海歌のスマホを巡り奪い合いが起こる。
全ての元凶は海歌だから僕は一切悪くない。
雨川海歌
雨川海歌
あー私のスマホー
うわあ女子のスマホ奪うとかー
海歌の抗議の声は聞き流してスマホを操作する。
写真を消してほっとしていると。
不意に、海歌の手が僕のスマホに伸びてきた。
染谷勇次郎
染谷勇次郎
おい奪うなよ
雨川海歌
雨川海歌
じゃー返して
染谷勇次郎
染谷勇次郎
…ハイハイ
ホーム画面に戻して渡そうとしたとき。
やたらとアプリの多いホーム画面。
そこにはー
雨川海歌
雨川海歌
うわ、ホーム画見てるー。怖ー
染谷勇次郎
染谷勇次郎
うるさい
雨川海歌
雨川海歌
わ、投げないでよ。
私体育2なんだよ?
僕が放り投げたスマホをキャッチし、僕のスマホを僕へと返しながら海歌が不満げに言う。
染谷勇次郎
染谷勇次郎
知るか
短く答えてそっぽを向く。
海歌のホーム画は僕と海歌の写真だった。
しかも、十数年ほど前の。
当時海歌が持っていたカメラを使って2人で撮った写真だ。屈託のない笑みの海歌と、若干嫌そうにカメラを見る僕。
今の、無表情の海歌と、人の好さそうな笑みを作って暮らす僕とは違う。


海歌に聞こえないように小さく呟く。
染谷勇次郎
染谷勇次郎
ー変わった訳じゃないけど
かつて海辺の道路を走って逃げた僕らのように、今も、音楽室で夕日に染まっていく僕ら。


無表情の海歌は、あの頃と何ら変わりない。
ただ、昔より多くの哀しみを知っただけ。

偽物の笑顔の僕は、あの頃と何ら変わりない。
ただ、昔より多くの世界を知っただけ。
ポロンポロンと海歌が和音を鳴らす。
それは、どんどんと音を増やしていき、やがてメロディとなる。
聞いたことのある、懐かしいメロディだった。

ー曲名はね、君へ、だよ
海を歌う歌詞を口ずさむ海歌は、昔、そう言って微笑んだ海歌と変わっていない。


海の匂いがする。
静かに目を閉じた。
目を閉じれば、いつだって海歌が笑っていた。