ごめん。ちょっと遅かったかな
え…?
それは聞き慣れた北人の声じゃなかった
渡されたタオル地のハンカチ
まだ少しだけ止まらない涙の理由を慎くんは聞かなかった
聞かないでくれたのかもしれない
慎くんと一緒ならどこでもいい。
そんな本心は心の中に閉じこもったまま
それに彼女さんに2人でいるところ見られたらどう思われるか
私が彼女だったら絶対嫌だ
似た者同士。その響きが嬉しい
こんな私が慎くんと本当に似ているなんて夢にも思わないけど
それでもちょっとだけ近づけた気がして
あなた。
そう呼ぶ声は今度こそ北人だった
無理に笑ったこと
北人なら気づいたでしょ?
私、ここにいたい慎くんと
なのになんで気付かないふりするの
また
また同じことを繰り返す
さくらを傷つけてまであなたのところに来たのに
僕は大事な時に強くなれない
嫌いと言えないことも
好きだと言えないことも
待ってと言えないことも
全部全部僕が強くないから
ビビりでただカッコつけて結局自分の思い押し殺して
僕は…
あなたが好きだ
慎…
顔は笑ってる。ふざけてるように見える
だけど目が笑っていない
慎も好きなのかあなたが
なんだよお前ら初日で両思いかよ
いいな慎。俺なんて18年一緒にいて振り向いてもくれないのに
慎は1日か…
宛も無い感情がただ交錯して悔しくてまた酷いことを言いそうで自分が情けなくて
そもそも俺がここにいること自体邪魔なんだろうけど
俺だってあなたが好きだから
私の腕を掴んで慎くんから離れていく北人
小声で私に命令をする声には少し不機嫌な様子が見えた
「振り返るな」
なんで?
カシャ
気づいたら写真を撮っていた
北人に引っ張られていく後ろ姿
「慎にはさくらがいるだろ」
何も言えなかった。その通りだから
あなたは北人のものじゃないって言ったくせに。別に僕のってわけじゃないし
北人は彼女を作らないで真っ直ぐな恋をしている
僕の恋は曲がってる
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!