『みんなー。
さあ、カウントダウン始まるよー。
じゅーう、きゅーう、』
ゼロを叫んだ途端、港中で一斉に汽笛が鳴り始めた。
『あけましておめでとう〜、今年もよろしくね〜』
汽笛が鳴る中、手を振る4人の映像を最後に、ホテルのベランダから、ライブ動画の配信は終了。
夜の海と、灯され揺れる光と、体を震わす汽笛が、俺たちを包む。
朝からずっと、忙しかった1日。
大晦日の生の歌番組、収録が終わったのが、夜の9時。
そこからタクシーで横浜に向かったけれど、道路が混んでた為、ホテルに着いたのは11時を回っていた。
そのまま埠頭に行く事も考えたけど、思ったよりずっと人出がすごくてあきらめ、直接ホテルにチェックインした。
食事が摂れないままだったから、全員おなかがぺこぺこ。
ただ、レストランはもう閉まってる。
ルームサービスは、軽食しか無かった。
でも、せっかくだからお酒も頼もう、って事になり、みんなであれこれ頼む。
つい、費用を心配した。
「みんな、食事代は自分たちで払うんやからな?」
「わかってるよ、当たり前だろ」
テノールくん、ナイスアシスト。
注文すませて、生配信スタート。
いい感じ。
そして念願の、除夜の汽笛をかぶせて配信終了。
空気を震わす音の中、そっと彼の手を握る。
みんな、目をキラキラさせて笑っていたから、ここまでの苦労が報われた気持ちだった。
お仕事完了で、ルームサービスも届いた。
シャンパン頼んでる。
新年だもんね。
軽食も、ちゃんとボリューミー。
飢えた男子のおなかを満たすには充分な量だったし、ちゃんと美味しかった。
何もかもさすがに豪華。
まるでどっかのお城みたいな室内。
気付くと、ダンサーふたりは、楽しそうにお酒をクイクイ呑んでる。
そんなふたりをテノールくんも優しく見てる。
ジョークを飛ばし合い、笑い合い、順番にお風呂に入る。
誰がベッドに寝るかは、ジャンケンして決めた。
勝ったのは俺と仲良し。
お互いのパートナーはソファに分かれた。
新年最初から別々かぁって、すごく残念だったけど、楽しかったからいいかって思ってた。
仲良しは、こんな広いベッド、4人で一緒に寝ようよーってずっと言ってる。
完全に酔っ払い。
彼まで、オマエら3人で寝ろよ、オレはこっちで寝るからって言いながらまだ呑んでる。
疲れてたから、眠気はすぐにやってきた。
ちょっぴり寂しいけど、企みは大成功。
愛してるよ、なんて彼の名前を胸につぶやいて目を閉じる。
隣でごそごそと何か動いてる気配はあった。
でも眠気が強かったからほっといたんだ。
いきなり!
股間を握られた!
だから、びっっくりして、叫んじゃった!
そしたら隣の塊も叫ぶじゃん!
ふたりで、ぎゃーっ、わーっ、なにすんだよー、なんでそこにいんのー、って、静かなはずの夜がめちゃくちゃ。
すぐテノールくんが、どうしたって飛んできた。
さすがだね。
俺の彼は来ない。
酔って寝てんのかな?
仲良しが泣きながら、僕、間違えちゃって、握っちゃった、汚いよー、えーん、とか言ってテノールくんの胸に飛び込む。
テノールくんもしれっと抱きしめてやりながら横たわり、よしよし、怖かったな、とか言いながら背中を撫でてやってる。
おい!
被害者の俺は?
テノールくんが視線をこっちに寄こし、アゴをしゃくって、あっち行けの合図。
何だってぇ?
呆然としてたら、ふたりは俺を無視してキスし始めるから、俺は仕方なくリビングに移動したんだ。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!