俺達の初めては、横浜のグランドインターコンチネンタル、海側のツインだった。
ここを選んだ最初から、いつか大晦日はここで過ごしたいって野望があった。
新年を迎えた時、横浜港に停泊中の船舶は、一斉に汽笛を鳴らす。
その除夜の汽笛、雰囲気が最高にわくわくするんだよ。
一回は彼に見せたいんだ。
だけど、予約が激ムズ。
ネットで室内空き情報見ても、そこは既にクローズされてる。
知ってる人は前から押さえちゃうからなぁ。
ダメ元で電話かけてみると、
『あいにく満室となっております、申し訳ございません』
まあそうだよね。
わかってた。
タクシーで埠頭行って、お泊まりだけは別に行くしかないか……。
仕方ないよなぁ。
『ただ、一室、ウェディングプランのお部屋にキャンセルが出まして、ダブルでございますが、空いております。
リビング付きのスイートタイプでございます』
え、やった、ラッキー!
街側じゃなくて海側ですよね、って確認して、さようでございます、って言うから、勇んで予約を申し込んだ。
そして、1泊の金額聞いて固まった。
……指輪買えちゃうじゃん。
いや、それより俺……。
払えるかなぁ。
今までのデートとは、ケタが違った。
実家暮らしだから、お給料は半分入れてる。
残りは全部お小遣いだから、普通より多い感覚だけど、ゴハンとお洋服ガマンしても貯まらない。
カード切るか?
限度額いっちゃうけど。
それとも、やっぱりキャンセルするか?
あきらめきれずに、ネットでお部屋を見てたら、ある事に気付いた。
リビング付き。
つまり、ダブルベットとソファがある。
ふた部屋あるじゃん!
ぴこーん、ってナイスアイディアが浮かぶ。
除夜の汽笛鑑賞、メンバー全員で楽しめば良くない?
聞きながらキスし始めて盛り上がる的なロマンチックはできないけど、ダンサーふたりでお酒も楽しめるし、ゲームして遊んだとしても、寝るのは2組に分かれて寝ればいいじゃん。
少なくともテノールくんに半分出させれば、料金問題は解決する。
俺って頭いい。
「除夜の汽笛かぁ、ステキやな。
でも年末年始、スケジュール入るんとちゃう?
こないだも、年末特番の歌合戦、ナマで入っとったやん」
「……そうなんだよね。
でもそん時は、汽笛はあきらめて、4人で年越しするだけでも良くない?
さいわい、スイートが抑えられたのよ。
こんな事、普通は絶対ムリなんだけど、超ラッキーなのよ?」
「そうなんや、ホテルどこ?」
「グランドインターコンチネンタル」
「知ってるで!
大晦日に、そこのスイートって?
おま、いくらするねん」
金額を告げると、
「エグッ!
海外行けるやん!」
「半分出して?」
「冒険すな。
4人で遊ぶだけなら、都内でいいやんか。
なんなら九段下、武道館そばとか」
「だってさ、新年なんだよ?
特別じゃん。
いつもできることじゃない事でふたりを喜ばせたくない?
もし間に合えば、港中に停泊してる船が一斉に汽笛鳴らしてお祝いするの、最高にロマンチックだし、この日しか無いしさ。
2組に分かれてキス交わすだけでも幸せじゃない?
あとさ、ここのホテル、ゴハンも美味しいんだよねぇ」
「そんなムードでキスだけで済むとは思われへん。
なのに4人一緒て、ヤル気ないんか、って逆に怒られそうや」
「部屋ふたつあるから、いざとなったらあっちとこっちで別れてさ」
「……冒険過ぎる気ぃするけど、やってみる?」
よしよしよし、その気にさせれた!
金銭問題かいけーつ!
「1ヶ月前にはスケジュールもわかるやろ。
無理そうならキャンセルやからな?」
「おっけぇい!」
ハイタッチ、いぇい!
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。