第11話

先生、もうドキドキさせないで!
1,715
2022/02/06 01:00
かおり
かおり
……う……そ……
落とした鞄から飛び出して
割れてしまった香水瓶。
あふれた香水が小さな水たまりを作り、
シトラスのいい香りが広がっていた。
黒月先生
黒月先生
大丈夫ですか……!?
ガラスで切れたりしてませ――
駆け寄ってきた黒月先生が、
啞然とした表情で私を見ている。
黒月先生
黒月先生
……花……芳……!?
彩香
彩香
……えっ!?!?
急に呼ばれた名前で我に返る。

え!?嘘!?なんで!?
ヤダ!ヤダヤダヤダヤダ!
顔から髪から全身を手で触って、
引っ張って確かめる。
鏡の中には、どう見ても高校生の私がいた。


ああ。おしまいなんだな――。
彩香
彩香
……先生……
驚く先生の顔を見ていたら、
どんどん涙があふれてきた。

同時に先生とのいろんな思い出も蘇ってくる。

初めて家に入った時のこと。
料理を美味しいって食べてくれたこと。
スーパーではドキドキでとけちゃいそうだった。
鍵を渡してくれた時はもう心臓が破裂しそうだったな。
告白は……切なかったけど、でも、やっぱり嬉しかったよ。

でも、全部ぜーんぶ、私じゃない。
気持ちはホンモノだけど、姿は偽物の私だった。
彩香
彩香
……ごめんなさい、先生……。
ごめんなさい!
私はそのまま走った。
黒月先生
黒月先生
あっ……
先生は追いかけて来なかった。
そうだよね、追いかけるわけないよね。



――これで本当におしまいなんだね。
彩香
彩香
うわああああああん
いつの間にか降り始めていた雨に打たれながら、
私は思いっきり泣いた。
泣いて泣いて泣いても、涙は止まらなかった。
彩香
彩香
なんで……どうしてなの……。
なんでこんなことになったの……?
もうわかんないよ……
先生、びっくりしたよね。
明日学校行けないな。
ううん。明日だけじゃない。もう学校なんて行けない。
また、あの日――チアで怪我して引きこもってた日に、
逆戻りだ。
でも、もう助けてくれた先生には頼れない。
一人で立ち上がれるかな。
……無理そうだなぁ。
彩香
彩香
私、どうしたらいいの……!
ねえ!教えてよ!女神さま!
私は灰色のどんよりした空に問いかける。
しかし返事は返ってこなかった。
もう香水は無いもんね……。
彩香
彩香
……そうだ……!同じ香水を買ったら、
もしかして……!
急いで向かった閉店間際の雑貨屋。
「恋の叶う香水」と書かれたパッケージを手に取る。

帰宅早々、自分の部屋で香水をつけてみた。
いつもと同じシトラスの香りが部屋に広がる。
彩香
彩香
お願い!女神さま!
私を……私を助けて!
――カチッカチッカチッ。


時計の音が部屋に響く。


――どくんどくん。


私の心臓の音が聞こえる。

ぎゅっとつむった目。
握った拳は力が入りすぎて痛いくらいだった。
彩香
彩香
……どうして……。
どうして女神さまは現れてくれないの?
私はそのままへたり込んでしまった。

びしょ濡れの制服。真っ黒な髪。
泣いて腫れてしまった目。
鏡に映る私。
かおりとは正反対の私。
これが私。
ありのままの私。
彩香
彩香
……本当に終わりなんだ……
私はそのまま寝転んで、香水を見つめていた。
あふれる涙のせいで、可愛い綺麗な香水瓶が
ぼやけて見える。

私はそのまま、目を閉じた――。


   ☆彡   ★彡   ☆彡
女神さま
女神さま
なーんで、肝心なところで失敗しちゃうかなあ。
ホントおバカさんよねえ
彩香
彩香
……!?女神さま!?
目の前には金髪ロングでメイクばっちり、
キラキラピンクドレスの女神さまが立っている。
彩香
彩香
私どうしたらいいの!?ねえ!?
助けて!女神さま!
私は女神さまに抱きついて泣いた。
女神さま
女神さま
ちょ、ちょっと!止めてよ!
ドレス汚れちゃうじゃないの!バカ!
彩香
彩香
だっで~もう会えないど思っだがら~
女神さま
女神さま
泣き止ませる魔法って無いのかしら。
ホント、鬱陶しいったらありゃしない……けど……。
今回ばかりはアンタに同情するわ
彩香
彩香
優じい女神ざまあ~。別人でずがあ~
女神さま
女神さま
失礼ねえ!もう!いつも優しかったでしょ!
はいはいはい!いいからよく聞きなさい!
女神さまは私を引きはがす。
私はなんとなく女神さまの前に正座した。
頼れるのは女神さまだけなんだもん。
女神さま
女神さま
……誰かのために一生懸命に働いたり、
戦ったりできたあなたはもう大人なの。大人のレディなの。
そんなにくよくよしないのッ!
彩香
彩香
……ごめんなざい……
女神さまは私に目線を合わせてから、
呆れたように微笑んで涙を拭いてくれた。
女神さま
女神さま
その涙の一粒一粒が、
アンタを美しく磨いてくれたのね
彩香
彩香
……でも、泣かない方がいいと思うんです
女神さま
女神さま
バカね。涙は人を強くするのよ。
アンタだって最初よりずっと強くなったはず。
だけど、まだやり残してることがある
彩香
彩香
そんなことありません。
私はもう、何もかもやり尽くして……。
そして、全部終わっちゃいました
しゅんとした気持ちになって、
私は下を向く。
女神さま
女神さま
こら!顔上げなさい!涙は人を強くするけど、
泣いてばっかりもダメよ。今度は笑う番!
まだ、自分の気持ち、きちんと先生に伝えてないでしょ?
彩香
彩香
……伝えて……
……そっか。
私、振られた気持ちになってたけど、
まだ先生にちゃんと告白すらしてなかった。
彩香
彩香
でも……いまさら告白なんてしても無駄だよ……
最悪な形で、嘘つきで最低な高校生だって、
先生にバレちゃったんだから……。
女神さま
女神さま
ダメ!ダメダメダメ!
自分の言葉で伝えないと、伝わるものも伝わらないの!
わかる!?
おでことおでこがくっつくくらいの距離で
女神さまが恐い顔をしている。
うううう……。
……圧がすごい……。
彩香
彩香
……わ、わかりました……
女神さまは満足げに笑った。
女神さま
女神さま
もう魔法は必要ない。
アンタの素敵なスマイル♡があれば、
気持ちはきっと伝わるはずよ
――大丈夫。頑張って。Go!Fight!Win!でしょ?


――ピロリロリン♪ピロリロリン♪


携帯のアラームが聞こえる……。

――はっ!
あれ!?女神さま!?
うわ!朝!?
香水は!?

どうやら泣きつかれて眠ってしまっていたらしい。
私は慌てて香水をつけてみる。
彩香
彩香
……夢かあ……
結局、変身はできなかった。
それでも、夢の中の女神さまの言葉は鮮明に覚えていた。

重たい体をゆっくり動かし、シャワーを浴びる。
お風呂場には先生からもらったシャンプー。
いい香り……だけど、先生の顔が浮かんでしまって心が痛い。

気を取り直して、しわしわになってしまった制服に
急いでアイロンをかける。

ピンとした制服と女神さまの言葉。
ちょっぴりだけ、元気になれた気がする。
彩香
彩香
Go!Fight!Win!彩香!
今日は頑張って学校に行こう!
――って頑張って学校には来たんだけど……。
彩香
彩香
(やっぱり気まずい……!
すごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉく
気まずい!)
黒月先生
黒月先生
自習だけど、サボってないか確認するから、
最後にノート提出しろよー
クラスのみんなから「えー」という声が上がる。
彩香
彩香
(私も“えー”だよ……別の意味でだけど……)
担任の先生がお休みで、
図書室での自習時間の担当は運悪く黒月先生!

んもおおおおお!集中できないよお!
ムリだよ!ムリムリ!
隠れたい!帰りたい!消えたい!
絶対先生コッチ見てるもん!
見てるもん!絶対見てるもん!!!!

だって!先生の方見るたび!
絶対に!先生と!
彩香
彩香
(目が合っちゃうんだもーーーーーーん!)
先生と目が合うのはね。
すごく嬉しいの。嬉しいよ?
でも、今は違うじゃん!
気まずいじゃん!恥ずかしいじゃん!

先生の熱い視線に耐えられなくなった私は
図書室の奥の奥の一番隅っこの本棚に隠れて、
本を開く。
彩香
彩香
(本読んでるフリ……読んでるフリ……
読んでるフリ……読んでるフリ……)
黒月先生
黒月先生
話がしたいんだけど
いつの間にか後ろに立っていた先生に
耳元で小さく囁かれる。

ひゃあ!!!!
せ、せせせせせ先生!?
びっくりして声が出そうになった私は慌てて口をふさぐ。
そのせいで、本を落としてしまった。

素早く本を拾おうとしたら、
先生と手が触れる。
彩香
彩香
(いやああああああああ!
どうしよう!もうダメ~~~!)
私は先生に返事もせず、
逃げるように小走りで元の席に戻った。
彩香
彩香
(ダメだあ……。もうなんもできないよお……)
チャイムが鳴って、
クラスメイトが先生にノートを提出し始める。
なかなか立ち上がることができなかった私は、
列の最後になってしまった。

先生からなるべく距離を取って、
ノートを渡す。
彩香
彩香
(早くノート返して~~~~!)
黒月先生は無言でノートを返してくれた。
ノートからは青色の付箋が飛び出している。
彩香
彩香
(メモ……?)
黒月先生がちょんちょんと、
綺麗な人差し指で付箋を指している。

焦ってノートを開くと、そこには
『無視するな』とメッセージが書かれていた。

私は思わず、ノートに顔をうずめてしまう。
彩香
彩香
(だあって~~~!
何話せばいいの!?
私は変身できるんですって!?
それとも……)
そっか……。
私が先生に伝えるべきこと。
そんなの、一つしかないじゃん……。

ノートの端からチラリと先生を見る。
すると、やっぱり先生とばっちり目が合った。
彩香
彩香
(ひゃああああああ!
告白なんて私、
できないよおおおおおおお!)
私は勢いよく図書室を飛び出した。
黒月先生
黒月先生
あ!待て!花芳!
振り返ると先生が追いかけて来ていた。
彩香
彩香
(昨日は追いかけて来なかったのにぃ!)
私は全力で走る。
足は自然と図書室の近くにある中庭を目指していた。

いつも一人で泣いていた場所。
女神さまと出会った場所。
かおりに変身できるようになってから
一度も行ってなかった――。

中庭はちょうど綺麗な花が咲いていて、
爽やかな風が吹いていた。
黒月先生
黒月先生
……捕まえた
いつもの生垣の裏に逃げ込む前に、
後ろから先生の腕の中に捕まってしまった。
彩香
彩香
(きゃあああ!!!!
どうして!?なんで抱きしめるの!?
先生、私、高校生の姿だよ!?
なんで……!?)
彩香
彩香
せ、先生!放してください!
誰か来たら……勘違いされちゃう!
ダメだよ!
見つかったら、先生がどうなるかわかんないもん!
逃げなきゃ!早く!

私は無理やり先生の腕から逃れようとする。

……ヤダ。
昨日と一緒じゃん……
黒月先生
黒月先生
これ以上俺から逃げるな。
残された俺の気持ちにもなってみろ
先生の腕の力がぎゅっと強くなる。
耳に近い先生の吐息。
いつか聞いたような、切ない響きの低い声。


――先生の気持ちって……?


教えてよ、先生……。
私、先生の本当の気持ちが知りたい……。








☆彡

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