第7話

先生、内面は高校生の私なんです
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2022/01/09 01:00
先生の好物が、
かまぼこ入りのポテトサラダって知ってた言い訳……。
ダメだ、思いつかない!
かおり
かおり
ぐ、偶然ですよ……
黒月先生
黒月先生
ええ?そうかな。偶然でこんな珍しい料理作る?
最近わかったこと。
先生は時々、意地悪……!

いつの間にかキッチンのカウンターに頬杖をついて
私を見つめている先生。
涼し気な目に吸い込まれそう……。
黒月先生
黒月先生
……ん?
先生はいたずらに首をかしげてくる。
わああ!いつもよりクールな笑顔!
絶対、私のことからかってる……!
心の彩香
心の彩香
(はわぁぁぁぁぁぁぁ!恥ずかしい……ッ!)
かおり
かおり
つ、作るんです……
私は力なく否定して、赤くなった顔を見られないように
慌てて先生に背を向けた。
棚の上の方にあったお皿に手を伸ばす。

届かない……。
んもう!もっと恥ずかしい……。

私がぴょこぴょこしていると
私の後ろに先生がピッタリと寄り添って、
お皿に手を伸ばした。

耳の後ろに先生の服が触れてくすぐったい……。
あ、先生のいい香り……。
どうしよう。すごくドキドキしてる……。
心臓の音、先生に聞こえてないかな……。
黒月先生
黒月先生
これですか?かおりさん
かおり
かおり
は……はい……
スッとお皿を取ってくれた先生の顔は
恥ずかしくて見られなかった。

どんどん私の鼓動の音が大きくなっていく。
心の彩香
心の彩香
(どうしよう……。
ドキドキが……先生に聞こえちゃう……)
私はぎゅっと目をつむって
自分のドキドキを抑えようと必死になる。

どうしよう。どうしようどうしよう……!
背中がどんどん熱くなってくる。
先生の吐息が近くで聞こえる……。


――どくんどくん。


あれ……?
心の彩香
心の彩香
(……先生の心臓の音……?
先生も……ドキドキして……るの?)
かおり
かおり
せ、先生…………?
黒月先生
黒月先生
あ……。すみません……
先生はそう言って、私と目を合わせることなく
ソファに戻っていった。

はぁぁぁぁぁぁ……!
まだドキドキが止まらないよぉ……。
心の彩香
心の彩香
(……ドキドキしすぎて
心臓がバクハツしちゃいそうだよぉ……)
それに、先生――。
先生、どうしちゃったの……?
頭を掻く先生の後ろ姿は、
なんだかソワソワしてるみたい……。

もしかしてもしかしてもしかしてッ……!
先生、私にドキドキしてくれたの……?
そうなの……?
――今、先生はどんな気持ちなの……?

私はドキドキを紛らわすために、
慌てて料理に取り掛かる。
冷蔵庫を開けると……。

からっぽ……?
かおり
かおり
きゃあ!
黒月先生
黒月先生
かおりさん!?
かおり
かおり
……す、すみません!
買い出し忘れてきちゃっただけです……!
先生、ごめんなさい。ちょっと買い物、行ってきます
んもう!冷蔵庫からっぽなだけで叫んじゃうなんて
慌てすぎ!バカバカ!も~~~~!
黒月先生
黒月先生
ははは。かおりさん慌てすぎ。
大丈夫ですって
大きく笑う先生。
も~~~!そんな笑わなくたっていいじゃん~!
でも、そんな先生も結局カッコよくって……。
もう、大好きが止まらないよぉ……!
ああああ!もうお買い物どころじゃない~!
ドキドキしてて、何買えばいいかわかんなくなっちゃう!
女神さま
女神さま
(落ち着きなさいって。こういう時はメモメモ!)
そうだね……!
えっと、メモメモ……。
キャベツとナスと、あとは……。
黒月先生
黒月先生
……あれ?そのシャーペン……
かおり
かおり
……えっ!?
いつの間にか私の隣に立っていた先生。
私のシャーペンをじっと見つめている。

わー!
ずっと使ってたから、変身した後もポケットに入れてたんだ……!!!
もー!バカバカバカ!私のバカ!!!!
かおり
かおり
ど、どうかしましたか……?
黒月先生
黒月先生
いや、花芳にあげた、俺の……?
かおり
かおり
こ、これですか?
私がずっと使ってるものですよ
黒月先生
黒月先生
いや……でもそれは限定の……
かおり
かおり
……えっ?
黒月先生
黒月先生
……いや、なんでもありません。
それより、買い出し、一緒に行きますよ
かおり
かおり
そんな……先生は休んでいてください
黒月先生
黒月先生
心配だから、かおりさんが。俺が行きたいんです
先生、優しすぎッ!
爽やかな笑顔でそんなに優しい提案されたら……。
かおり
かおり
……お願い……します
断れるわけないじゃぁぁぁぁん!


――って、外に出たんだけど……。


並んで歩くの緊張しちゃう~~~~!
手が触れちゃって……とか……?
きゃー!違う違う違う!変なこと考えちゃダメー!
でも……先生と二人でスーパーって……
同棲してるみたいじゃない……?
店員さん
今日、このウィンナーがお安いよ。奥さん。
ほら、旦那さんも食べてみて
お……く……さん?
旦那さんって……もしかして先生……?
いやぁぁぁ!
ダメ……もう心臓がついていかない……。
息止まりそう……。

動揺する私に構わず、
店員さんは試食を勧めてくる。
黒月先生
黒月先生
買わなくていいんですか?
俺の奥さん?
もぉぉぉぉ!
先生の意地悪ぅ~~~~~!
余裕な笑顔、ずるいよぉ!
かおり
かおり
……かっ、買いませんッ!
ムリ!お買い物に集中できない……ッ!
メモ持ってきてよかったぁ。
黒月先生
黒月先生
これで全部ですかね?
かおり
かおり
えっと……あ!
バター忘れてました
バターバター……。
あ、いつも使ってるやつ。
黒月先生
黒月先生
かおり
かおり
あっ
私の伸ばした右手に、先生の右手が触れる。
心の彩香
心の彩香
(せ、せ、せ、先生の!手!
ひゃぁぁぁぁぁぁ!)
一瞬だったのに、手がすごく熱い……。
私もう、とろとろに溶けてなくなっちゃう気がする。
黒月先生
黒月先生
……よかった。
この前買ってきてくれたやつ、間違ってなかった
先生は優しく笑ってくれたけど、
私は恥ずかしくて、うん、と頷くことしかできなかった。

お会計を済ませて、スーパーを出ると外は雨。
黒月先生
黒月先生
……傘、持ってきませんでしたね……
どうしよう……。
濡れたら変身が解けちゃう!
黒月先生
黒月先生
かおりさん、これ使って
先生はそう言って、着ていた上着を貸してくれた。
かおり
かおり
でも、先生が濡れちゃう
黒月先生
黒月先生
俺は平気だから。走りましょう。
荷物、貸して。ほら
黒月先生は私の手を取って――。

……手!?手……!!!
先生の、手!!
心の彩香
心の彩香
(ど、どどどどどうしよう!
手!繋いで!る!手……!)
も~~~~!
先生、私のことどれだけドキドキさせたら気が済むの!?
顔も手も熱いし……。
もう、ホントに溶けそうだよぉ……!


今、この瞬間、世界には私と先生の二人きりで、
雨が降ってるとか、そんなこともわからなくて、
ただ、私は先生の手を強く握ってついて行くことしかできなかった。
黒月先生
黒月先生
今、鍵開けますね
玄関に二人はちょっとぎゅうぎゅう。
濡れた先生が頭を振って、水を落としている。
髪をかき上げる仕草は……。
もう……クールというかセクシーです……。
黒月先生
黒月先生
あ、そうだ……。
……手、貸して、かおりさん
手……?また手!?
なんだろう……!
わああああ。またドキドキする……!

私はゆっくりと右手を先生に差し出した。
黒月先生
黒月先生
これ……持っていてくれませんか?
かおり
かおり
……鍵?
先生から渡されたものは、銀色の鍵だった。
黒月先生
黒月先生
俺の部屋の鍵です。忘れないうちに。
かおりさんなら、いつでも来てもらっていいから
ええええええええ……!!!!!

せ、先生の!家の!鍵!?
合鍵ってこと!?
わー!これって愛される彼女に近づいているよね!?
かおり
かおり
い、いいんですか……?
黒月先生
黒月先生
かおりさんだけ、ですよ
先生はそう言って、鍵が乗せられた私の手のひらに
自分の手を重ねた。
心の彩香
心の彩香
(先生の手……大きいなあ。
手……熱い……)
どうしよう……!
こんなにイイことばっかりで、私、
夢見てないよね……!?!?

――くしゅん。

くしゃみが出るってことは、やっぱり夢じゃないよね?
黒月先生
黒月先生
……風邪ひいちゃうといけないので、
今日は切り上げて帰りましょう。
上着も貸しますので。車で送ります
自分の荷物と先生の上着を渡されて、
じんわり先生の優しい心も受け取った気持ちになる。
心の彩香
心の彩香
(……先生、どこまでも優しい……)
かおり
かおり
ありがとうございます。
こんなに優しくしてもらって……。
生徒に人気の先生は違いますね
黒月先生
黒月先生
……かおりさんだからですよ。
俺だって、誰にだって優しいわけじゃない
えっ――。
それって、私が特別ってこと?
心の彩香
心の彩香
(……特別って……。
私のこと…………好きって……こと……???)
きゃーーーーーー!
どうしよう……って……!?
心の彩香
心の彩香
(うわあ!髪の毛の色、戻り始めてない!?
変身解けそうってこと!?!?
いいところなのにぃ~~~!)
玄関の鏡に映った自分の姿を見て、
慌てて先生から借りた上着をもう一度頭からかぶる。
黒月先生
黒月先生
……あれ?どうしました?
なんで隠れるんですか?
あ、そっか――。
私、気づいちゃった。
かおり
かおり
最後までお仕事できなくてごめんなさい!
さようならッ!
黒月先生
黒月先生
あっ!ちょ、ちょっと傘!
私は先生の声にも振り返らず、
雨の中に走り出した。


私、気づいちゃったよ――。
気づきたくなんてなかったのに……。


今日のドキドキぜーんぶ、
「かおりだから」なんだ。
お皿取ってもらえたのも、先生のドキドキが聞こえちゃったのも、
二人で並んで歩けたのも、奥さんに間違えられたのも、
手を繋いだのも、鍵をもらえたのも――。

ぜーんぶ、かおりだから、だよ。
そこに高校生の私なんて、1ミリも存在してない。

大人の女性のかおりだから、
先生の特別になれたんだよ。先生をドキドキさせられたんだよ。

先生の前で顔を隠して、逃げなきゃいけないような
高校生の私のためのドキドキなんかじゃないんだ。

「高校生の花芳彩香」は、先生の特別じゃなくて、
一人の生徒のまま。

なあんだ。そうだ。
そうだよね……。
彩香
彩香
……私にドキドキする資格なんて
ないんだよね……
ぼろぼろこぼれる涙は、雨と一緒に流れていく。
先生の上着の香りで胸が苦しい。

私の恋のライバルは、
大人になった私……。
そんな最悪なことって、ある…………?








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