先生の好物が、
かまぼこ入りのポテトサラダって知ってた言い訳……。
ダメだ、思いつかない!
最近わかったこと。
先生は時々、意地悪……!
いつの間にかキッチンのカウンターに頬杖をついて
私を見つめている先生。
涼し気な目に吸い込まれそう……。
先生はいたずらに首をかしげてくる。
わああ!いつもよりクールな笑顔!
絶対、私のことからかってる……!
私は力なく否定して、赤くなった顔を見られないように
慌てて先生に背を向けた。
棚の上の方にあったお皿に手を伸ばす。
届かない……。
んもう!もっと恥ずかしい……。
私がぴょこぴょこしていると
私の後ろに先生がピッタリと寄り添って、
お皿に手を伸ばした。
耳の後ろに先生の服が触れてくすぐったい……。
あ、先生のいい香り……。
どうしよう。すごくドキドキしてる……。
心臓の音、先生に聞こえてないかな……。
スッとお皿を取ってくれた先生の顔は
恥ずかしくて見られなかった。
どんどん私の鼓動の音が大きくなっていく。
私はぎゅっと目をつむって
自分のドキドキを抑えようと必死になる。
どうしよう。どうしようどうしよう……!
背中がどんどん熱くなってくる。
先生の吐息が近くで聞こえる……。
――どくんどくん。
あれ……?
先生はそう言って、私と目を合わせることなく
ソファに戻っていった。
はぁぁぁぁぁぁ……!
まだドキドキが止まらないよぉ……。
それに、先生――。
先生、どうしちゃったの……?
頭を掻く先生の後ろ姿は、
なんだかソワソワしてるみたい……。
もしかしてもしかしてもしかしてッ……!
先生、私にドキドキしてくれたの……?
そうなの……?
――今、先生はどんな気持ちなの……?
私はドキドキを紛らわすために、
慌てて料理に取り掛かる。
冷蔵庫を開けると……。
からっぽ……?
んもう!冷蔵庫からっぽなだけで叫んじゃうなんて
慌てすぎ!バカバカ!も~~~~!
大きく笑う先生。
も~~~!そんな笑わなくたっていいじゃん~!
でも、そんな先生も結局カッコよくって……。
もう、大好きが止まらないよぉ……!
ああああ!もうお買い物どころじゃない~!
ドキドキしてて、何買えばいいかわかんなくなっちゃう!
そうだね……!
えっと、メモメモ……。
キャベツとナスと、あとは……。
いつの間にか私の隣に立っていた先生。
私のシャーペンをじっと見つめている。
わー!
ずっと使ってたから、変身した後もポケットに入れてたんだ……!!!
もー!バカバカバカ!私のバカ!!!!
先生、優しすぎッ!
爽やかな笑顔でそんなに優しい提案されたら……。
断れるわけないじゃぁぁぁぁん!
――って、外に出たんだけど……。
並んで歩くの緊張しちゃう~~~~!
手が触れちゃって……とか……?
きゃー!違う違う違う!変なこと考えちゃダメー!
でも……先生と二人でスーパーって……
同棲してるみたいじゃない……?
お……く……さん?
旦那さんって……もしかして先生……?
いやぁぁぁ!
ダメ……もう心臓がついていかない……。
息止まりそう……。
動揺する私に構わず、
店員さんは試食を勧めてくる。
もぉぉぉぉ!
先生の意地悪ぅ~~~~~!
余裕な笑顔、ずるいよぉ!
ムリ!お買い物に集中できない……ッ!
メモ持ってきてよかったぁ。
バターバター……。
あ、いつも使ってるやつ。
私の伸ばした右手に、先生の右手が触れる。
一瞬だったのに、手がすごく熱い……。
私もう、とろとろに溶けてなくなっちゃう気がする。
先生は優しく笑ってくれたけど、
私は恥ずかしくて、うん、と頷くことしかできなかった。
お会計を済ませて、スーパーを出ると外は雨。
どうしよう……。
濡れたら変身が解けちゃう!
先生はそう言って、着ていた上着を貸してくれた。
黒月先生は私の手を取って――。
……手!?手……!!!
先生の、手!!
も~~~~!
先生、私のことどれだけドキドキさせたら気が済むの!?
顔も手も熱いし……。
もう、ホントに溶けそうだよぉ……!
今、この瞬間、世界には私と先生の二人きりで、
雨が降ってるとか、そんなこともわからなくて、
ただ、私は先生の手を強く握ってついて行くことしかできなかった。
玄関に二人はちょっとぎゅうぎゅう。
濡れた先生が頭を振って、水を落としている。
髪をかき上げる仕草は……。
もう……クールというかセクシーです……。
手……?また手!?
なんだろう……!
わああああ。またドキドキする……!
私はゆっくりと右手を先生に差し出した。
先生から渡されたものは、銀色の鍵だった。
ええええええええ……!!!!!
せ、先生の!家の!鍵!?
合鍵ってこと!?
わー!これって愛される彼女に近づいているよね!?
先生はそう言って、鍵が乗せられた私の手のひらに
自分の手を重ねた。
どうしよう……!
こんなにイイことばっかりで、私、
夢見てないよね……!?!?
――くしゅん。
くしゃみが出るってことは、やっぱり夢じゃないよね?
自分の荷物と先生の上着を渡されて、
じんわり先生の優しい心も受け取った気持ちになる。
えっ――。
それって、私が特別ってこと?
きゃーーーーーー!
どうしよう……って……!?
玄関の鏡に映った自分の姿を見て、
慌てて先生から借りた上着をもう一度頭からかぶる。
あ、そっか――。
私、気づいちゃった。
私は先生の声にも振り返らず、
雨の中に走り出した。
私、気づいちゃったよ――。
気づきたくなんてなかったのに……。
今日のドキドキぜーんぶ、
「かおりだから」なんだ。
お皿取ってもらえたのも、先生のドキドキが聞こえちゃったのも、
二人で並んで歩けたのも、奥さんに間違えられたのも、
手を繋いだのも、鍵をもらえたのも――。
ぜーんぶ、かおりだから、だよ。
そこに高校生の私なんて、1ミリも存在してない。
大人の女性のかおりだから、
先生の特別になれたんだよ。先生をドキドキさせられたんだよ。
先生の前で顔を隠して、逃げなきゃいけないような
高校生の私のためのドキドキなんかじゃないんだ。
「高校生の花芳彩香」は、先生の特別じゃなくて、
一人の生徒のまま。
なあんだ。そうだ。
そうだよね……。
ぼろぼろこぼれる涙は、雨と一緒に流れていく。
先生の上着の香りで胸が苦しい。
私の恋のライバルは、
大人になった私……。
そんな最悪なことって、ある…………?
☆彡
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。