第10話

終わらない。
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2019/10/23 10:07
虫取り網。何故かわからないけど、桃瀬は虫取り網を持っていた。

いつもは、一緒にいる気もないくせに朱蘭ちゃんが私を一緒に帰ろうと誘うから、それを断ることも出来ずに、仲良さそうに話す三人の後ろを、ただ惨めに歩いていた。
そんな中で、今日は珍しくお誘いがかからなかったから、やっと一人で帰れる、そう思っていたのに。校門を出たところで、桃瀬に声をかけられた。
桃瀬
桃瀬
あー!呉羽!一緒帰ろ~っ。
呉羽
呉羽
うぇ・・・あ、う、うん。
否定しようかな、とも一瞬思ったけれど、そんなことをしたらどうなるか分かったものじゃない。今日は桃瀬も一人だから、きっと何もしてこないだろう。そんな余裕が、私を傷つけた。
桃瀬が殆ど一方的に話していたような帰り道、ようやく家が近づいてきた。桃瀬の話は、特に面白いところもないし、別段興味が持てるような内容でもなかった。だから、とてもとてもつまらなくて、本当に暇だった。
桃瀬
桃瀬
でねぇ、うちの猫がねぇ。
さっきから猫の話ばかり。猫に興味はないし、見たことも無い猫の話をされたって、想像も出来ないし何も面白くない。黒でも白でも、どっちでもいい。
桃瀬
桃瀬
だから、めっちゃ面白かったんだぁ!
そこまで満足気に言うと、ニコニコとしながら私を見た。
呉羽
呉羽
(笑わなきゃ。)
そう思うのに、顔の筋肉が動かない。心底どうでもいい、と思っているのが出てしまう。怖い、怖い!殴られる!!
駆け出して逃げたい衝動に駆られて、家に続く道を見た時、黒と白の猫が見えた。
呉羽
呉羽
あ、ね、猫いるよ。
どうにか引き攣った笑みを浮かべながら、猫を指さした。良かった、話が続いた、これでどうにか殴られなくて済むかもしれない。そう安堵したのもつかの間。
桃瀬
桃瀬
ふざけてんの?
呉羽
呉羽
・・・え?
いきなり私を睨み右腕をつかんだかと思えば、視界は白いもので覆われていた。なんだろう、これ。独特な匂い。あ、これ。
呉羽
呉羽
やだ!何するの!?
虫取り網だ。何故か桃瀬が持っていた虫取り網。私は今、虫と同じ扱いを受けている。
自由の効く左腕でどうにか逃げ出そうとしたけれど、桃瀬が頭のてっぺんを押さえつけてくる。ぐりぐりと、虫取り網を私の頭に擦り付ける。
桃瀬
桃瀬
あははははっ!お似合いだよ~!
呉羽
呉羽
やめてよ!なんで、なんでこんなことするの?!
パニック状態に陥った私は、ずっと思っていたことを口走った。あ、やってしまった、そう思ったのと同時に、どこかスッキリした気分があった。ずっと言いたかったことを言えて、少し楽になれた気がした。
桃瀬
桃瀬
は?だってさ、私まだ話そうとしてたじゃん。
呉羽
呉羽
え、え?
桃瀬
桃瀬
それなのにさ、あんた口挟んできたよね。ここまで話さなかったくせに。なんなの?馬鹿にしてるの!?
最後はほとんど怒鳴りつけるようだった。
言い切ったかと思えば、ばっ、と網を私から取って、今度は持ち手で殴ってきた。
なにそれ、そんなの理不尽すぎるよ。そう思いながらも、私はもう、何も言えなかった。抵抗も反抗も、何もしなかった。
ただただ、与えられる痛みを受け止めていた。


明日の朝には、また地獄が来るのに。

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