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第1話

変化
『八月にも雪は降ります』





いつの間にか眠ってしまっていたようだ。毎日、毎日、会社と家を往復するだけの生活。それに生きがいを感じたことなどない。だが生きるためには仕方がない。俺は今日もやりたくもない仕事のために会社に向かうのだろう。
「スーツで寝たら全然疲れ取れねえや」
自分以外誰もいない6畳間に存在を示す。真っ暗な部屋の電気を慣れた手つきでつける。まだ深夜2時くらいだろうか。時計を確認する気も起きない。代わりにカルキ臭い麦茶をコップに注ぎ、一気に飲む。これも生きるための仕方のない選択だと思うと息が苦しくなる。ふと、テーブルの上にまとめてあった郵便物に目をやる。己を苦しめる請求書の山の中にひと際目立った柄の便箋がある。疲れと倦怠感が絡まった腕をそれに伸ばす。
『拝啓、25歳の自分へ』
形は歪だが確かに自分の字だと自覚する。
「こんなの書いたことあったのか」
全く思い出せないが未来の自分に手紙を書くのは別に珍しいことでもない。小学校かどこかでやったのだろう。しかし府に落ちないところがある。柄が妙に可愛らしいのだ。疑問を抱きつつ便箋を開ける。
『25歳ののぶひこ君へ』
中身に書かれている字は便箋の字と全く違っていた。少し丸みを帯びた可愛らしい字。宛名が他人行儀なので自分が書いたものではないことは明白だった。
『今、元気にやっていますか?』
頭が勝手に幼い少女の声で文字を読み上げる。それが落ち着かなかった。体がむず痒くなってそれ以上読むのをやめる。
「疲れてんだな。もう寝よう」
手紙を閉じ、スーツを着替え、目を閉じる。
暗い世界が広がる。どこまで行っても闇。自分がどこにいるのか、一体、何者なのかもわからなくなってくる。徐々に自分と闇の境界線がなくなる。浮遊感。魂だけがどこかを泳いでいるようだ。その中に唯一、輝くものを見つける。俺は誠心誠意そこに近づいていく。眩い光が大きくなる。それと共に声が聞こえる。
「         」
なんといっているかはわからない。しかし澱みのないきれいな声。どこか懐かしい声色。居心地の良さを求めてもがく。疲れなど少しも感じない。この状態がずっと続けばいいのにと思った。
そんな夢を見た。

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小林捺哉
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小林捺哉
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