狭い部屋に、天井にはミラーボール(?)。部屋のど真ん中に置いてあるテーブルを囲むように、壁に沿って連なるソファー。
「最初センラな」
タブレットとマイクを渡され、俺は苦笑いをした。
「なんでリハの前日に…」
俺は今、うらたさんに連れられ、カラオケに来てます。
「いいだろ、別に。練習だ!練習!」
「いや明日が練習同然なんやないんですか?」
「リハも本気出せ!若蔵!」
「いや、うらたさんもそこまでの歳やないですやん…」
いくらリハでも、声が出なくなってしもたら元も子もない。歌うんわ好きやけど、うらたさんのペースに乗ったら、確実にカラカラ喉行きや…。
「俺そない喉強くないんで、2曲程度にしときますわ」
「2曲!?時間まだまだあるんだぞ!?」
「お互い明日声出えへんかったら、流石に困るでしょ」
「うぐっ…!」
身を乗り出していた可愛い人は、苦しい声を上げると、悔しそうな表情をつくりソファーに座った。
「明日、気持ちよく歌いましょ。せやから今日はお互い軽く──」
「勝負…」
「………はい?」
落ち込んだかと思われたうらたさんを説得していると、彼は腕を組み真剣な表情でそう言った。
「今、勝負言いました…?」
「言った」
どうやらうらたさんは、どうしても俺をほんまに歌わせたいらしい。…が、俺は引っかかりません。
試しに俺は、「勝ったらなんでも言う事聞いてください」と言ってみた。もちろんダメ元で。
…しかし、
「…ま、今のはじょうだ──」
「おう。それでセンラが歌うなら、俺はなんでもする!」
「ん…んんん???」
どうしても歌って欲しいのか、または他に目的があるのか…。そんなことを考えているうちに、うらたさんは曲を入れ、マイクを持って立ち上がっていた。
「そんで?ノる?ノらない?」
さっきまで頑固やった俺でも、流石に迷ってしもた。
うらたさんはさっき、「なんでもする」言うてはった。それも冗談言うてるような目やなくて、ちゃんとした目で。
リハもある明日を考えたら、すぐにイエスとは言えへん。…でも──
「…ノりますわ、その勝負」
なんでもと言われたら、幾ら何でも理性さよならですわ!
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!