新宿の庶民的な店で、お酒を呑みながら食事をした。
彼は、僕より少し大きいぐらいで、見下ろしてくることもなく、終始優しい笑顔だった。
あんまり食べると引かれると思って、少しにしておく。
会話はまた、いつもの褒め合い。
僕のどこが良かったの?
僕のどんなとこが好き?
ただ、電話と違って、彼のねっとりとした視線が、僕の心をざわつかせる。
友達のキラキラのでかい手を見慣れてたから、彼の手はやけに小さく見えた。
「今日、このあとは?」
「はい、まだ平気です」
「行きたいとこある?」
うちに誘うか迷って、でもいきなり過ぎる気もして、黙ってると、
「ホテル行く?」
って聞いてきたから、黙ってうなずく。
彼に連れて行かれたのは、歌舞伎町を過ぎて新大久保へ向かう辺りの、古いラブホだった。
ハイアットリージェンシーを期待してたわけじゃないけど、それにしてもチープな感じにびっくりする。
まあ、食事だって居酒屋だったし、僕達の身の丈に合ってるっていえばそうかもしれない。
友達のキラキラが、おしゃれなカフェ大好きで、しょっちゅう連れてってくれるから、普通の感覚が少しバグってるのかもしれない、と思う。
中は、外ほど古い感じはなく、清潔だったからホッとする。
「古くてビックリした?
ここね、男同士でも何も言われないんだ。
先にシャワー使う?」
彼の後の濡れた床とか、嫌な気がしたから、言葉に甘える。
でも、でもさ。
もういきなり?
キスもなし?
男同士ってこんななの?
手早く済ませて彼を待つ。
のどがかわいた気がして冷蔵庫を開けると、それは冷蔵庫じゃなくて、見たことないオトナのオモチャってやつがいっぱい入ってた。
内心ギャーってなる。
あわてて閉じて別の扉を開けると、そっちは冷蔵庫だったけど、山ほど強壮剤が入ってた。
男達の必死な思いを垣間見た気がして、うわぁ、って思いながらコーラを取り出して飲んだ。
出てきた彼はバスタオルを腰に巻いて、隣に来た。
いよいよキス?って思ったけど、
「しゃぶってくれる?」
って言うからびっくりする。
この辺で、なんか違うぞ、って頭の中で警告が鳴り始めた。
「どしたの?
僕のこと好きなんでしょ?
ずっと憧れてくれてたんだよね?」
「あの、したことないから」
今度は彼が驚いた。
「うそでしょ?
グループ内でやらないの?
ケミの彼とも?」
「やらないです」
首を横に振ると、彼はニヤリと笑って、
「へぇ。
そんなに僕のこと好きだったんだね。
嬉しいなぁ。
きれいなきみが、ケミの彼より僕がいいなんて」
いや、違うよ。
ただ単に、彼の相手はキラキラだから。
思ってる間に、前をはだけて、僕の手を取り、
「好きなだけ触っていいよ」
って触らせようとしてきた。
いやあ、なんなの、この人。
「僕、帰ります!」
握られた手を振り解き、すごい速さで服を着て、一万円を取り出してベッドに置いた。
「僕、勘違いしてました、すみません。
これ、今日の食事代。
あと、これからはもうLINEも電話も出ませんので」
言うだけ言って部屋を出た。
電車の方に走り出す。
かなり走ってもう無理、って辺りで止まり、はあはあいってたら、急に笑いが込み上げてきた。
ばかすぎた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。