ガチャ
制服に着替えたばかりでまだ頭に寝癖をつけた直樹が、部屋から出てきた。
そう言われてすぐに、もう一人分の食器を用意した。
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修学旅行から帰ってきて、1週間。
いつもと変わらない日常が、また私たちのところへ戻ってきた。
朝食を直樹の目の前に出すと、直樹は微笑んで私を見る
しばらくご飯を口に運んでいると
普段の登校にしては早すぎる時間。
夫婦のような会話をしてから家を出た直樹。
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この生活にもだいぶ慣れてきた。
三人分のお弁当を作る機会も増えて、こうやって直樹だけ生徒会の仕事で先に家を出ることも分かってきた。
でも…唯一慣れないことがまだあって…
ガチャ
眠そうな目を擦りながら部屋から出てきた北斗は
キッチンにいる私の元に迷いなく歩いてきて…
ギュ…
制服にエプロンを付けた私を上から包み込むように優しく抱きしめる。
起きたばかりの北斗の温もりが服越しにポカポカ伝わってくる。
北斗は当たり前のようにしてくれる愛情表現だけど
私はまだ、やっぱり慣れないのだ。
あー付き合ったんだ。とまだ実感しているほどに。
ドクン。
いつも強気な北斗の、寝起きの優しい声に少し心臓が跳ねた。
少し寂しそうに変わった声が、耳元で響く。
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その日の昼休み。
私はいつものように屋上で凛とお弁当を広げ、最近の心境についての相談を始めた。
今朝もハグしてくれたり、一緒に行くかと聞いてくれたのも北斗からだったしなぁ…
…まぁ、凛の言うことは意外と間違ってなくて、
私から何か北斗に対して愛情表現をする機会は極めて少ない。
付き合って少し経って、もう飽きられてるとか面倒くさがられてるなんて御免だし…。
…ここはひとつ…
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その日の夜。
ガヤガヤ音を立てるテレビを見ながら、リビングのソファーで食後のコーヒーを嗜んでいる北斗に
ゆっくりと私は近づいていった。
返事とは少し遅れて目線を私に向けた北斗は
飲んでいたコーヒーを見事に吹き出した。
だって…凛があんなこと言うから…
お風呂上がりに彼氏が喜ぶ格好なんて…胸元開いたキャミと短パンしか思いつかないし…
呆れ顔で、でも少し顔を赤く染めた北斗は
私を宥めるように同じソファーに座らせた。
ガチャ
その頃、何も知らない直樹が部屋から出てくると
フワッ…
素早く薄着の私に自分が着ていたパーカーを着せた。
何食わぬ顔でそう言う北斗に対して
直樹も何も聞かずにまた部屋に戻って行った。
パーカーまで着せてくるし
やっぱり私のこんな格好…おかしいって言いたいのかな。
言い合いをする度にお互いの顔はどんどん赤くなっていく。
コト…
持っていたコーヒーを机に置いて、私の方へ向き直す北斗。
差し出された北斗の掌に、そっと自分の手を重ねると
北斗はそれを自分の胸に持っていく。
ドクン。ドクン。ドクン。
聞こえる…
分かる…
北斗もドキドキしてるんだって、伝わる。
今朝と同じ、優しい北斗の声。
ドクンドクンと同じように音を立てる自分の心臓。
…それでいいんだ。それだけあれば。
ギュ…
勇気出して伸ばしたその手は、自分でも少し熱を持っているのが分かる。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!