第2話

今日の体育、プールだってさ。
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2019/08/31 11:10
は?





とマヌケな声を受け取った友人は、ほら、と黒板を指で示す。そこには、担任らしい整った字で「体育:プール」と書かれていた。



嘘だろ・・・・・・。



友人はうなだれる俺を見て苦笑すると、ドンマイ、と肩をポンポンと叩いてくる。






・・・・・・お前は良いよなあ、泳げて。
ていうか体育全般得意で、オマケに勉強とかそれ以外も大抵できて。
プラス顔も印象もいい、とくりゃあ、まさに「王子様」じゃん。


・・・・・・普通にうらやましいわ。


ついそんな念をこめて送ったはずの視線も、伝わらなかったのか、こいつが鈍いのか、?を浮かべた顔で受け止められてしまう。




そんな目の前の友人は、蒼井海斗あおい かいと、という名前だ。
名は体を表すというが、こいつの場合、そうでもないらしい。

名前だけならば、おそらく爽やかなイメージを受けるんじゃないか。
まぁ、確かに見た目はそうなんだけど・・・・・・。
だがこいつは、所謂いわゆるオタク気質だし、結構しつこいところがある、結構めんどくさい奴なのだ。


──つまり、俺から見た海斗は、爽やか。とは言えない。
あれだ、世にいう「残念イケメン」とかいうヤツだ。





ま、さっきもいったように何でもできるなんてうらやましい限りだから、それくらいの短所があってもいいはずだ。





・・・・・・なーんて考えてしまうけど、海斗は実際良い奴だ。


こんな俺とも仲良くしてくれるのだから・・・・・・。








──そんな海斗と二人で、今日の授業のこと、最近ハマってるゲームのこととかを話していると、ふと思い出したように、海斗が言う。
蒼井海斗
あ、そうだ。俺日直なんだった・・・・・・
ああ、そういえばそうだっけか。
日誌、取りに行かないとだろ?行ってこいよ
蒼井海斗
悪い、サンキュ
慌てて教室を出ていく海斗を見送ると、特にすることもないので周りを見回す。

いつもと変わらず騒がしい教室では、一人でいるのが、ちょっと・・・・・・。



小さくため息をつくと、さっき海斗に言われたことを思い出してしまった。




「今日の体育、プールだってさ」




プール、か・・・・・・。







・・・・・・「あなたにもトラウマはありませんか?」





誰にだってトラウマの一つくらいあるんじゃないか、と勝手に思っているのだが、俺のトラウマは・・・・・・プール、だ。



数年前の夏。考えもしないことが起きてからは、すっかりプールが怖くなってしまっている。

そして、プールサイドに立つと、嫌でもそのことを思い出してしまう・・・・・・。
だから毎年、忘れ物をしたとか、体調が悪いとか、適当に理由をつけて授業を休んでいる。


この学校では、授業を休むと、レポートの課題を出されるのだが。
それでも俺にとっては、プールに入るくらいなら、そっちの方がマシ・・・・・・。



という訳で、今年ももちろんプールに入る気はない。




──さて、今日はどんな言い訳をしようか。


休む気満々で考えていると、いつの間に居たのか、担任に声をかけられた。
担任
おい榎山えのやま。お前、今年もプールやらないんじゃないだろうな?
えっ、い、いやあ・・・・・・、まさか・・・・・・
担任
そうだよな。中学最後のプールだもんな?
だ・・・・・・、大丈夫ですよ、入りますから・・・・・・
あはは、と愛想笑いを浮かべて返す。
いやまあ、嘘だけど・・・・・・。
担任
ならいいが。
お前の華麗な泳ぎ、楽しみにしてるぞ〜


・・・・・・。




ひらひらと手を振って教壇きょうだんについた先生は、朝礼の準備を始める。

ちなみに、俺の担任は体育教師だ。



再びうなだれる俺に、戻ってきた海斗が同情するように言う。
蒼井海斗
うわ、あの先生に言われるとか災難だな・・・・・・、
大丈夫か?
大丈夫だ、・・・・・・多分
蒼井海斗
多分って・・・・・・プール、どうするんだよ?
なんか言い訳つければ入らなくて済むだろ?
蒼井海斗
・・・・・・だけどさ、一年の時からそうなんだろ?
さすがに嘘ってバレるんじゃ・・・・・・
・・・・・・それも一理ある、な
蒼井海斗
だろ?だからさ、なんで入りたくないのか
知らないけど、せめて今年くらい入れば──
だからそれはっ、・・・・・・
・・・・・・しまった。

つい声を荒らげてしまい、周りの視線が集まるのを感じる。
あ・・・・・・ごめん・・・・・・
蒼井海斗
・・・・・・いや、俺こそごめん、
よく知りもしないくせに



──・・・・・・海斗は、良い奴だ。





















蒼井海斗
──本当にいいのか?入って
先生にも言っちまったしな。
入らないわけにもいかないだろ・・・・・・
蒼井海斗
・・・・・・
そんな心配そうな顔すんなって。
ヤバそうだったらちゃんと先生に言うから
蒼井海斗
・・・・・・分かった
だ心配そうな顔の海斗に心の中で小さく謝って、シャワーを浴びる。

周りがふざけてわめく中、俺は一人で突っ立っていた。
・・・・・・シャワーの冷たさよりも、この後のことが怖かったのだ。


なにせ、あの出来事から約2年しか経っていない。
まだ、記憶は鮮明せんめいに焼き付いているのだ。


不安をかかえたまま、プールサイドを歩く。


立ち止まるその瞬間、耳をふさがれたような、そんな嫌な感覚に襲われた。
・・・・・・あの時と同じ感覚。
ああ、やっぱり、やめてたほうが良かった。


蒼井海斗
おい・・・・・・
ああ・・・・・・大丈夫
蒼井海斗
んなわけあるか、顔色悪いぞ・・・・・・?
先生に言えば──
大丈夫だから。・・・・・・悪い、心配かけて。
だけど、本当に大丈夫だから
蒼井海斗
・・・・・・そうかよ
・・・・・・大丈夫、とかじゃ余計心配をかけるだけだって分かってるけど、他に何も思いつかないのだから仕方ない。
なんていうのを言い訳にするのは、ダメかな。

・・・・・・大丈夫じゃないのは、自分が一番分かってる。



できるだけ平気なフリをして、プールのふちに立った。



っ・・・・・・


なんか体がふらつく感じがする。ここから落ちたら・・・・・・。
どうなるだろう。結構痛かったし・・・・・・──。



蒼井海斗
おい・・・・・・!
さっきよりも大きく海斗の声が聞こえて、ハッとなる。


・・・・・・気づけば水の中に居た──。









──水の中に沈んでいくのを、ゆっくりと理解していく。
プールの底が近づいて、途端にあの時のことがフラッシュバックする。


数年前のあの夏の日──。

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