あの後、強制という形で私は椿木ホテルに就職する事になった
ため息をついて荷造りをし始めた
その時
ドンドンドンドンドン!
乱暴にドアを叩く音がし、私もその場にいた女性の霊も言葉通り飛び上がった
扉を叩いているのは隣の布士(ふし)さん
きっとまた苦情を言いにいたんだろう
やれやれ…私は管理人じゃないって言うのに…
ドンドンドンドンドン!!
これ以上扉を叩かれて壊されたら大変だ
私は重い腰を持ち上げて玄関に向かった
扉を開けて私は営業スマイルを布士さんにする
布士さんはギロりと睨むと唾を飛ばす勢いで言った
めんどくさいなぁ…
布士さんは霊感が少しあるみたいで子供泣き声というのは亡くなった子供の霊の声だろう
それを私のせいにする。こんなのは日常茶飯事なのでもう慣れたが、何にせよ疲れる
あーぁ…早く帰ってくれないかなぁ…
はぁ…やっと終わったぁ…
後ろを向くと女性の霊が布士さんの背中を睨んでいた
なんで睨んでいたか分かっのかって?
女性の霊から殺気が放たれていたから
私は女性の霊に笑いかけて「大丈夫」と言おうとした
が、女性の霊は布士さんの後ろにつくと首を占め始めた!
布士さんが苦しそうに助けを求める
女性の霊は先ほどの顔から一転、恐ろしい顔をしていた。憎しみ、苦しみ、悲しみ、負の感情が全て混ざりあったような顔
このままでは布士さんが死んでしまうかもしれない。私は霊を引き剥がそうと手を掴むがびくともしない
女性の霊は、首を絞める力をさらに強くし、布士さんを見て笑った
…楽しそうに、苦しそうに。
私は女性の霊を抱きしめた
邪魔をするなと私を睨むが、私は引かない
霊は囁くような声で言った
『私のこと…心配してくれてるの…? 』
女性の霊から涙が零れた。先ほどの鬼のような形相から穏やかな表情に戻っていった
霊が布士さんから手を離した、布士さんは咳き込んでいるけどもう大丈夫だろう
女性の霊は私に笑いかけると白い靄に包まれていった
『ありがとう… 』
その言葉とともに女性の霊は消えていった
布士さんを見るといつの間にか気を失っていた。死にかけた上に霊的なものを見てショックを受けたのだろう
このままでは住民に怪しまれるだろう
はぁ…とため息をつく
両脇を抱えてなんとか連れていこう…
聞き覚えがあり過ぎる声に振り返ると椿木さんがニコニコと笑いながら近づいてきた
そういやバタバタし過ぎてメアドもLINEも聞いてなかった…
笑い上戸な人だ
そう思いながらスマホを出してLINE交換をし、飛行機の時間を教えた
椿木さんが布士さんを指さすと椿木さんの倍ある布士さんを持ち上げ「部屋どこ?」と聞いた。私は隣を指さすと「OK」と言い布士さんを運んでいった
椿木さんは何も無かったかのように去っていった。
私は誰もいない自分の部屋に帰りお風呂に入った
湯船につかりながら、先程のことをぼんやり考えた
布士さんの首を絞める女性の霊
穏やかに笑って消えていった女性の霊
唐突に現れ、何事も無かったように去っていった椿木さん
まるで遠い昔にあった事の様にフラッシュバックした
そう呟いて湯船に肩まで浸かった
そこの頃椿木さんは電話で話をしていた
椿木さんは電話を切ると
そっと呟いた
そう呟いていた事を私は知らない
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!