───ガラリ、と部室の扉が開く。
タイムカプセルが三つあると判明してから二日目。
八月中旬で夏休みも後半に差し掛かり、こうして朝から部活を始めるのもあと少しで終わることになる。
尋葉が荷物を置いて椅子に座り、写真部全員が集まって今日の部活が始まった。
忘れたかもしれない記憶、と言われて、ふと部室の棚に並べてある三色のタイムカプセルを見上げた。
忘れてしまった大切な記憶が何か分かるまで、って言ってもそれがいつか分からないから、タイムカプセルは夏休みいっぱいでまた桜の木の下に戻ることになる。
残された時間はあと少し。
けれど、何だか焦りは湧いてこなかった。
私たちの町が一望できる高台が今日の撮影場所。
空は晴天で、良い撮影日和だった。
ポツリとそう呟いて、私は青空を切り取るようにシャッターを切る。
さっきみんなが居た方を振り返ればもうそこに誰もいなくて、みんながみんな違う写真を取りに行ったのだと知った。
歩けば誰かと会えるかも。なんてちょっとした希望を持ちながら高台の緩やかな坂を歩く。
さらり、と風が吹いて、夏の匂いが鼻をかすめる。
髪が揺れて、風は頬を撫でるように過ぎていった。
どこかで。
そう思ったけれどよく分からなくて、なんとなく坂を登った先を見つめた。
そこには、一人の影。
写真を撮っているのかと思ったけど、カメラはただ握るだけで遠くの空を見つめている。
────ぞくり。
秀のその穏やかな表情を見た瞬間、全身に得体の知れない何かが駆け巡った。
あの表情は、あの穏やかな表情は、きらいだ。
駄目。やめて。そんな表情しないで。
それを見たとき、すごく悲しくて、苦しくて、それで。
それで、思ったんだ。
おいていかないで─────
秀がそう言って目線を落とした先を見れば、確かに私の手が秀の服の袖を掴んでいた。
そして秀は、ん、と左手をこちらに差し出してくる。
そう言って笑う秀を見て、差し出された手を握り返す。
すると、秀は満足したように一度頷いてからまた歩き出した。
そうして、手を繋いだまま第2569回姉兄論争が幕を開けるのだった。
そうして部室の扉が閉まる音がして、私は一人になった。
夕日が差し込む部室に一人でいるのは、少し寂しいけど優越感がある。
持って帰らなかったのかな。それとも忘れ物?
どちらか分からず、なんとなく岬のカメラを手に取って起動してみる。
そう思って、少し罪悪感が湧いたのもつかの間。
私たちの後ろ姿の写真が多い、気がする。
岬はいつも風景ばっかり撮って逆に私たちを写してくれることは少なかったのに。
心境の変化かな。なんか嬉しいな。
まるで、楽しい思い出を切り取るかのように。
こうして思い出が増えていけばいいなぁ、と、写真の中にいる楽しそうな私を見てそう思った。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!
転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。