────蝉の声が聞こえる。
ぱちり、と目を開けた。
朝に聞こえる小鳥の声と共に蝉が鳴いている。それは、夏の音。
ベッドから起き上がって欠伸と共に伸びをしたら、少し目が冴えてきた。
そうポソリと呟くと、コンコン、と扉をノックする音が部屋に響いた。
そして、ガラリと扉が開く。
見知らぬ部屋、しかも病室らしき場所にいる自分に混乱する私を他所に、見知った人がカツカツと靴音を大きく鳴らして私に近付いた。
どうやら私は意識不明の重体だったらしい。
どおりで体が重いわけだなぁ。それにガーゼも貼られてるし。
とりあえず秀の圧がすごいことだけはよく分かった。
あの後すぐにナースコールを押してお医者さんに私の容態を見てもらった。どうやら私は数日間意識を失っていたらしく、駆けつけた両親に散々大丈夫かと詰め寄られた。
そして、今目の前にいるこの男の子は白菊秀。私の双子の片割れ。どっちが先に生まれたか言われてないから、いつもどっちが姉だ兄だ論争が始まる。ちなみに秀は絶対に私の弟。異論は認めない。
川に落ちた。そして流されていた、らしい。
夕方にお使いから帰る秀が川を流れる私を見つけて救出したんだそう。しかし奇妙なことに、私にはその時の記憶が全くない。
記憶喪失にしては喪う記憶がピンポイントだねとはお医者さんの感想だった。
脳に損傷等の異常はないため、様子見をすることになったのだ。それで通院。
何かを抑えた表情で秀がそう言うものだから、私は少しおちゃらけて返す。
そんな私の様子を見た秀は、ならいいんだけど···と呟く。
秀はそう言ってベッドの側で下ろしていた腰を上げて、持っていたトートバッグに手を入れ、何かが入ったタッパーを取り出した。
カーン!!!とコングが鳴る。第2568回姉兄論争の幕開け───の、ハズだったけど。
ゴツン!!と頭に響くような音で論争は早くも休戦した。
病室に入ってきた母のゲンコツである。
あ、これ「病室で騒いだ報いとしては安い方よね?」って言ってる。こわい。逆らわないでおこう。
まぁでも、本当にそうなら良かったんだけど···。
私が川に流されてたという日は、夏休みだってこともあって一日中家にいた。
だから最後の記憶も部屋でゲームをしていた記憶で···そして、気づいたら病院。
混乱しない方がおかしいだろうな。
私がそう言うと、いつの間に帰る準備が終わったのか、お母さんがバッグを手に持った。
そして扉が閉まる。
さっきまで賑やかだった病室が静かになって、病室が急に大きく感じるようになった。
ポツリと呟いたその声が病室に響いて、また少し寂しくなる。
早く明日になぁれ。
そう願って目を閉じた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。
登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。