「ねぇ、」
気づいたら、勝手に声をかけていた。
窓の外は、昨日とは見違えるほどの青空が広がり雲がふわふわと浮かんでいる。
カーテンが風に揺れ、埃がひらひらと舞った。
瞬間、床を見つめるように座っていた彼は、驚いたように目を見開き固まったかのように動かなくなる。
彼の目はしっかりと私を捉え、くぎ付けになっているのが分かった。
「え…誰」
しんと静まり返った教室に彼の声だけが小さく響く。弱く、それでいて芯の強そうな声だった。
正直、私の声なんて聞こえないだろうと思っていたので、ものすごく驚いた。
私は慌ててその驚きを隠すように、わざと強気で言った。
「私は葵紗結…君は?」
そこまで言った後で、少し上から目線過ぎたかなと気づく。でも、こういう時は勢いが大事だからと心の中で言い訳をした。
無音の時間が続く教室で、私はただ彼の答えを待つ。
しばらくして、「優…」という声が返ってきた。それ以上は、何も言わなかった。
ずいぶん内気な性格なんだなと思った。
聞かれたことにしか答えない。人と話すのが苦手なのだろうか。
しかし、周りに人を寄せ付けないといった感じは全くなく、それどころか、どんな人も受け入れてしまうような優しい雰囲気に包まれているから不思議だ。
まるで、彼の周りには暖かい空気だけが存在していて、その空間に行けば、自然と嫌なことも忘れてしまうような、そんな雰囲気だった。
私は無性に彼のことが気になり、思わず、「どうしてこんなところにいるの?」と聞いてしまった。
すると彼は、少し間を置いて
「逃げてきたから…」
と言った。さっきよりは、少しだけ大きな声だった。
「逃げてきたって…何に?」
「…クラスの人、かな」
彼はそう言うと、ふっと笑った。
初めて見た彼の笑顔に、胸がドキッとはねる。
ただ、その笑顔が妙に切なく歪んで見えたのは、きっと気のせいだろう。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。