無料スマホ夢小説ならプリ小説 byGMO

第15話

屋根裏の散歩者 15
34
2021/08/07 23:00
 結局、彼の計画は見事に成功しました。
 彼がお昼頃外から帰った時には、もう遠藤の死骸は取り片附けられ、警察からの臨検もすっかり済んでいましたが、聞けば、案の定、誰一人遠藤の自殺を疑うものはなく、其筋の人達も、ただかたばかりの取調べをすると、じきに帰って了ったということでした。
 ただ遠藤が何故に自殺したかというその原因は少しも分りませんでしたが、彼の日頃の素行から想像して、多分痴情の結果であろうということに、皆の意見が一致しました。現に最近、ある女に失恋していたという様な事実まで現れて来たのです。ナニ、「失恋した失恋した」というのは、彼の様な男にとっては一種の口癖みたいなもので、大した意味がある訳ではないのですが、ほかに原因がないので、結局それに極った訳でした。
 のみならず、原因があってもなくても、彼の自殺したことは、一点の疑いもないのでした。入口も窓も、内部から戸締りがしてあったのですし、毒薬の容器が枕許にころがっていて、それが彼の所持品であったことも分っているのですから、もう何と疑って見ようもないのです。天井から毒薬を垂らしたのではないかなどと、そんな馬鹿馬鹿しい疑いを起すものは、誰もありませんでした。
 それでも、何だかまだ安心しきれない様な気がして、三郎はその日一日、ビクビクものでいましたが、やがて一日二日とたつにしたがって、彼は段々落ちついて来たばかりか、はては、自分の手際てぎわを得意がる余裕さえ生じました。
郷田三郎
どんなものだ。流石は俺だな。見ろ、誰一人ここに、同じ下宿屋の一間に、恐ろしい殺人犯人がいることを気附かないではないか
 彼は、この調子では、世間にどれ位隠れた処罰されない犯罪があるか、知れたものではないと思うのでした。「天網恢々疎てんもうかいかいそにしてもらさず」なんて、あれはきっと昔からの為政者いせいしゃ達の宣伝に過ぎないので、或は人民共の迷信に過ぎないので、その実は、巧妙にやりさえすれば、どんな犯罪だって、永久に現れないで済んで行くのだ。彼はそんな風にも考えるのでした。尤も、流石に夜などは、遠藤の死顔が目先にちらつく様な気がして、何となく気味が悪く、その夜以来、彼は例の「屋根裏の散歩」も中止している始末でしたが、それはただ、心の中の問題で、やがては忘れて了うことです。実際、罪が発覚さえせねば、もうそれで十分ではありませんか。
 さて、遠藤が死んでから丁度三日目のことでした。三郎が今夕飯を済ませて、小楊子こようじを使いながら、鼻唄かなんか歌っている所へ、ヒョッコリと久し振りに明智小五郎が訪ねて来ました。
明智小五郎
ヤア
郷田三郎
御無沙汰ごぶさた
 彼等はさも心安げに、こんな風の挨拶を取交したことですが、三郎の方では、折が折なので、この素人探偵の来訪を、少々気味悪く思わないではいられませんでした。
明智小五郎
この下宿で毒を飲んで死んだ人があるって云うじゃないか
 明智は、座につくと早速、その三郎の避けたがっている事柄を話題にするのでした。恐らく彼は、誰かから自殺者の話を聞いて、幸、同じ下宿に三郎がいるので、持前の探偵的興味から、訪ねて来たのに相違ありません。
郷田三郎
アア、莫児比𣵀でね。僕は丁度その騒ぎの時に居合せなかったから、詳しいことは分らないけれど、どうも痴情の結果らしいのだ
 三郎は、その話題を避けたがっていることを悟られまいと、彼自身もそれに興味を持っている様な顔をして、こう答えました。
明智小五郎
一体どんな男なんだい
 すると、すぐ又明智が尋ねるのです。それから暫くの間、彼等は遠藤の為人ひととなりについて、死因について、自殺の方法について、問答を続けました。三郎は始めの内こそ、ビクビクもので、明智の問に答えていましたが、慣れて来るに随って、段々横着になり、はては、明智をからかってやり度い様な気持にさえなるのでした。