第16話

屋根裏の散歩者 16
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2021/08/14 23:00
郷田三郎
君はどう思うね。ひょっとしたら、これは他殺じゃあるまいか。ナニ別に根拠がある訳じゃないけれど、自殺に相違ないと信じていたのが、実は他殺だったりすることが、往々あるものだからね
 どうだ、流石の名探偵もこればっかりは分るまいと、心の中であざけりながら、三郎はこんなことまで云って見るのでした。
 それが彼には愉快でたまらないのです。
明智小五郎
そりゃ何とも云えないね。僕も実は、ある友達からこの話を聞いた時に、死因が少し曖昧あいまいだという気がしたのだよ。どうだろう、その遠藤君の部屋を見る訳には行くまいか
郷田三郎
造作ないよ
三郎は寧ろ得々として答えました。
郷田三郎
隣の部屋に遠藤の同郷の友達がいてね。それが遠藤の親父おやじから荷物の保管を頼まれているんだ。君のことを話せば、きっと喜んで見せて呉れるよ
 それから、二人は遠藤の部屋へ行って見ることになりました。その時、廊下を先頭になって歩きながら三郎はふと妙な感じにうたれたことです。
郷田三郎
犯人自身が、探偵をその殺人の現場へ案内するなんて、古往今来ないこったろうな
 ニヤニヤと笑い相になるのを、彼はやっとの事で堪えました。三郎は、生涯の中で、恐らく此時程このときほど得意を感じたことはありますまい。
郷田三郎
イヨ親玉ア
自分自身にそんな掛け声でもしてやりい程、水際立った悪党ぶりでした。
 遠藤の友達――それは北村といって、遠藤が失恋していたという証言をした男です。――は、明智の名前をよく知っていて、快く遠藤の部屋を開けて呉れました。遠藤の父親が、国許くにもとから出て来て、仮葬かりそうを済ませたのが、やっと今日の午後のことで、部屋の中には、彼の持物が、まだ荷造りもせず、置いてあるのです。
 遠藤の変死が発見されたのは、北村が会社へ出勤したあとだったよしで、発見の刹那せつなの有様はよく知らない様でしたが、人から聞いた事などを綜合して、彼は可成詳しく説明して呉れました。三郎もそれについて、さも局外者らしく、喋々べらべらと噂話などを述べ立てるのでした。
 明智は二人の説明を聞きながら、如何にも玄人くろうとらしい目くばりで、部屋の中をあちらこちらと見廻していましたが、ふと机の上に置いてあった目覚し時計に気附くと、何を思ったのか、長い間それを眺めているのです。多分、その珍奇な装飾が彼の目をいたのかも知れません。

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