金曜日の午後、ようやく仕事が終わろうとしていたところに、依頼用の携帯電話が着信を報せた。
「あららメグちゃん、また今週も副業かい?」
「そうみたいですね……」
小さな部署、全員が私の状況を知っている。確実に迷惑をかけるだろうと思い事前に言っておいたからだ。
とはいえ、そのうち何人が霊の存在を肯定していて、なおかつその中で霊能力者という存在を認めていて、さらに私がそれであることを信じているのかはわからないけれど。
「まぁもう仕事もそんな残ってないし、電話でたらそのまま上がりでいいよー」
部長が砂漠と成り果てた頭を掻きながら言うので、私は帰れることの喜びを隠し、申し訳なさそうな顔を作って
「すみません、ありがとうございます」
と答えてから、いそいそと私物を持って廊下へ向かう。
『もしもし、アイちゃん?』
「人違いです」
電話を出た瞬間に切る。電話相手の失礼な男、一宮 生は、毎回私の名前をわざと間違えるのだ。
すぐにかけ直されて、一瞬無視してやろうかとも思ったけれど、失礼とはいえ一応師匠でもあり、命の恩人でもあることは紛れもない事実であるため、仕方なく電話に出る。
『まぁそうカリカリしないで。お仕事というかね、検証しにいくよ』
「はぁ」
それだけ言うとガチャっと電話は切られて、ツー、ツーと無機質な音が流れる。
どこに?という暇もなかったけれど、正直どうでもよかった。どうせ玄関を出たら
「よっ、早かったねアイちゃん」
「…………」
「おいおい無視かよ連れないなぁ」
ほらすぐ外にいた。
「何度もいいますが、私の名前はメグミです、セイさん」
「そっくりそのまま。僕はイキルだよ」
仕返しのつもりでわざと間違えたのだけれど、彼は特に気にする様子もなくニヤニヤと笑っている。
態度にイライラしながら、彼について歩くと、コインパーキングに停めてあったボロっボロの軽自動車に乗り込むのを確認した。
「なんですかその車は」
「ん?場所的に必要だったから買った。3万円だよ、安いでしょ」
「ほんとに走るんですか?それ。というか免許持ってたんですね」
他愛もない話をしながら私も車に乗り込む。シートベルトをしてすぐに急発進する軽自動車。
「ぎゃっ!」
「教習は受けてないから下手くそだけど許してね」
恐ろしいことを言いながら駐車場を出て、名古屋市内の大きな道をグイグイ進んでいく。
「あっ、ここ直進だった」
「ひぃっ!だめですって、右折レーンですよここ!」
お構い無しに直進する。これがいわゆる名古屋走り……道を覚える気もなく、下手くそなだけの運転。
避けてくれる周りの運転が上手なドライバーさんに感謝しつつ、行先に無事着くことを、信じてもいない神様に祈った。
「そ、そういえば、どこに行くんですか?」
「あぁ、そういえば言ってなかったっけ。桃太郎神社だよ」
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。