さっぱりとした風味の広がるおろしぶっかけうどんをしっかり食べてお店を出ると、ちょうどご飯時と重なったようで続々と車が入ってくるところだった。
「はい、鍵ください」
「えー、僕が運転するよ、気分悪いんでしょ?」
悪くなったのは誰のせい?
「運転してた方が酔いにくいので。それに」
キャッキャとはしゃぎながら親御さんの制止虚しく車の行き交う駐車場内を駆ける子供たちを見る。
幸い駐車のために減速している車はすぐに止まってぶつかることはなかったけれど、傍目から見ていてもヒヤヒヤするものだ。
「ね?」
「あー、はいはい。仕方ないなぁ、どうぞ」
鍵を受け取り、運転席に乗り込むと、すぐに彼も助手席に乗った。
心なしか、ちょっと不貞腐れているような雰囲気がある。
「女の子を助手席に乗せるならもっとちゃんと練習してください……それで、このまま神社に向かえばいいですか?」
ギアをドライブに入れて、サイドブレーキのレバーを下げながら訊ねると、隣の男は
「いや、まずは入鹿池に行こう。デートだデート」
と戯言を宣った。
「時給はこの時間も発生していますよ」
「レンタル彼女かよ」
ソロソロと車を動かし駐車場を抜け、道路に出てから法定速度でスムーズに走り出す車の中に、一宮の笑い声が響く。
「レンタルされた覚えも彼女として振る舞った覚えもありませんね」
なんなら半ば拉致みたいなものだし。
「そうかぁ。まぁ僕にとっても君は助手でしかないからいいんだけどね」
「はぁ?それは私を女としては見てくれてないと?」
なんとなくムッとする。いや別にいいんだけどね?
「あ、いや、あはは」
愛想笑いで誤魔化す一宮に呆れながら、私は大きな道路から右折して細い道へと入り込んだ。
「まぁどうでもいいですけど。私は私の出来ることをやるためにここにいるだけですし」
出来るようにしてくれたのは隣で未だに気まずそうにしている男だし、その事に感謝はしているけれど、あえて言わない。
「なかなか言うようになったねぇ、見えるだけだった頃はオドオドしてたのに」
「誰の影響だと思いますか?」
「なんかいかがわしい響きだな、もっと頂戴そういうの」
「彼氏気取らないでください、セクハラで訴えますよ」
くだらない会話をしながら車を走らせ、明治村の前を通って辿り着いた入鹿池は、まだ時間が早いからか人がある程度いた。
「そういえばここも心霊スポットだったねー」
「え?そうなんですか?」
知らなかった。曰くも何もなさそうなのに。
「悲恋湖だとか、あとトランペット少年とかぴょんぴょん婆さんとか」
「どこかの話の詰め合わせみたいな感じじゃないですか」
トランペット少年は謎だけれど、悲恋湖の話は大体どこでも聞くし、ぴょんぴょん婆さんはターボ婆さんの亜種だろう。
「ちなみにトランペット少年の正体は」
「え?知り合いですか?」
「いや、直接の知り合いではないけど、まぁ生きてる人間だよ」
なんだか残念な心霊スポットだなぁと思いつつ、繋留されているボートを眺めながら、しばらくの間心地よい沈黙を楽しんだ。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。