第3話

第2幕 3つの葬送曲 第1話改正
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2019/09/02 13:28

1885年5月18日

ーイギリス ロンドンー







店員
「今日はナッツが安いよ!!さぁ見ていって!!」



紳士
「チャリング・クロスまで頼むよ。」

馬車の御者
「へい、旦那」




美しい貴婦人
「明日の舞踏会、ミーファ様は行かれるのですか?」

若い令嬢
「はい、明日が社交界デビューですの。」















様々なお店の呼び込みの声が響き、

仕事のために行き交う人々で溢れ、

馬の蹄が刻むリズムに合わせて、優雅なご婦人のヒールがコツコツと歌う。







この街の活き活きとした賑やかさは、
近年の産業革命により、
目まぐるしい発展を遂げた賜である。








しかし、それは街の表の顔に過ぎない。


蓋を開けてみれば、

権力者のファシズム、
貧困格差、
他国スパイによる技術者の拉致や暗殺といったものが、
華やかさの影に常に身を潜めているような街であった。






そして今日もまた・・・









エミ夫人
エミ夫人
もう、アンったら遅いわね...。



花のように広がるドレスで歩く淑女の中で
一際目立つ、細くスラリと伸びた深紅の衣服と、見たこともないような漆黒の髪。

何もかもがこの国の「普通」とはかけ離れているこの女性は、かれこれ30分もここで人を待ち続けている。




彼女の名前は「エミ・ハーヴェスト」。


彼女は10年前、
東の果てにある日本国からこの地に降り立った。


そして今は、
孤高の音楽家である「ロベルト・ハーヴェスト」の妻である。




エミはビックベンの時計をもう一度見ながら、
辺りをきょろきょろと見渡し、待ち人を探す。




時刻はAM11:00を回ったところだった。



アン
アン
奥様ー!
エミ夫人
エミ夫人
アン!

「アン」と呼ばれたその若い娘は、
後ろで一つにまとめている長い髪を左右に揺らしながら、
小走りでエミのもとへ近づいてくる。

手には大きな紙袋を抱え、
その紙袋からはフランスパンの先が飛び出していた。

アン
アン
奥様、お待たせ致しました!
エミ夫人
エミ夫人
お買い物は済んだ?
アン
アン
はい!ばっちりです!
エミ夫人
エミ夫人
そう。では帰りましょうか。
アン
アン
あら?奥様も何かお買い物されたんですか?


アンは、
エミが抱えている小さなか紙袋を見ながら尋ねる。
エミ夫人
エミ夫人
え、ええ。
少し。
アン
アン
では、お持ち致します!
エミ夫人
エミ夫人
ありがとう。
アン
アン
奥様、今日はすみません。

奥様にこうして使用人の仕事を手伝っていただいてしまって。
エミ夫人
エミ夫人
いいのよ、私お買い物好きだから。
気にしないで。

むしろあなた1人に家事を全部任せてしまって
申し訳なく思ってるくらいよ。
アン
アン
そんな!お気になさらないでください。
それが私の仕事ですから!
エミ夫人
エミ夫人
・・・ごめんなさいね。
あなたの負担を減らす為にも、
もっと人を雇えるように、
あの人には早くスランプなんて抜けてもらわないとだわ。


「あの人の事、甘やかさないようにしなくちゃね」
と、エミは自分に言い聞かせるように呟く。


アン
アン
ふふっ
エミ夫人
エミ夫人
アン?
アン
アン
そんなこと仰ってますが、
奥様がお買いになられたのって、
旦那様の好きな高級紅茶店「フォートナム&メイソン」の茶葉ですよね?
エミ夫人
エミ夫人
あ・・・
エミは少し俯き、
「だって・・・」と言いながら、

指先をつけたり離したり。
アン
アン
ふふっ。
奥様ったら、お可愛らしいです。
エミ夫人
エミ夫人
もう、からかわないでよっ。
アン
アン
からかってなどおりませんわ!

こんな素敵な奥様に想われて、
旦那様は幸せ者です。

ですからきっと、奥様の愛で
旦那様もスランプなんてすぐ抜け出せますわ!
エミ夫人
エミ夫人
アン、ありが・・・
男A
男A
ハーヴェスト男爵んとこの日本人の嫁だぜ。
男B
男B
ああ、あの音楽家サマのとこだろ?
日本なんて卑しいスパイ国の・・・
俺からしてみれば、反国家活動だぜ。

こうしてエミが罵詈雑言を浴びせられるのは、
初めてのことではない。



今、この国では、
他国のスパイによる犯罪が後を絶たたず、
そのため異国人への風当たりは相当強い。



しかし、彼女はこの国へ来てもう10年。
こういったことも
すでに慣れたものになっていたのだが、


隣の家政婦は黙っていられないらしい。
アン
アン
奥様!
あんなゴロツキの言うことなんて、
気にしなくていいですからね!

まったく!許せませんわ!!


アンは、
去っていく男2人の背中に向かって
「べー」と舌を出して見せた。



エミ夫人
エミ夫人
ありがとう、アン。

でも私なら大丈夫よ。
私にはあなたも、あの人もいるから。



そう言いながら微笑む彼女は、
本当に幸せそうであった。













そう、この時までは。









つづく

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