ときどきここでお通夜やお葬式が行われていたから、白黒の垂れ幕も、喪服に包まれた黒い人だかりも、ここぞとばかりに飾り立てられた菊の花も、特別珍しくは感じられない。

とはいえ、自分の通夜なんて。

もちろん初めての体験。

なんだか、変な感じ…。

空中からぐるりと辺りを見回すと、来てる、来てる。

うちの学校の制服が、ぞろぞろ。

1年の時同じクラスだった子や、1度も話したことのない子まで。

小学校の時同級生で、違う中学校に行った子も来てる。

大人の人も多い。

親戚のおじさんおばさん、同じマンションの人、学校の先生とか。

どうやら葬儀が終わった所のようだけど、私の死を悲しんで集まってくれた人が、こんなにいたんだ…。

嬉しいような切ないような、とっくに止まっていたはずの心臓が妙な痛みを伝えた。

どことなく湿っぽいざわめきに交じって、おばさん2人のやり取りが聞こえてくる。

見た事のある顔。

きっと同じマンションの人だ。

「見てられない」と言われた遺影には、中一の頃の私がいた。

お世辞にも写りがいいとは思えない写真にのそばに、お母さんと妹の結が座っている。

お父さんは？と思ったら、トイレにでも、行っていたんだろう。

やがてホールの入口に現れたお父さんは、お母さんのお兄さん…つまり私の叔父さんに当たる、1番近くに住んでいる親戚と、立ち話を始めた。

近寄って耳をそばだてると、「明日は」とか「車は」とか言う言葉がポツポツと聞こえてくるから、きっと葬儀の話だろう。

お父さんがお母さんを手招きし、席を立ったお母さんに結も続いた。

大人の話が始まり、退屈そうに聞いている結に向かって、お母さんが言った。

ピアノの発表会の時と同じ、黒のワンピースに身を包んだ結が声を上げる。

結は小学５年生。

ただし、普通の小学生じゃない、今どきのハデハデ小学生。

学校に着ていく服も、渋谷とか原宿で買ったものばかり。

子供用とはいえ、この歳でマニキュアもグロスも、いつでもバッチリだ。

ちょっと前に小学生の癖に髪を染めちゃって、お母さんと揉めてたし。

校則とか社会の常識とか、完全に無視しちゃってる生意気な子供だ。

とはいえ、姉の葬式まで、キラキラピンクのマニキュアにバサバサマスカラなんて…

あんた、何考えてるわけ！？

てか、なんでそんな、化粧とかする余裕あんのよ…。

お母さんの声が強くなる。

そう、お母さん、ビシッと言ってやってよ、こいつに。

この、姉の死をなんとも思っていないような、薄情モノに…!!

ところが、次にお母さんが発した言葉は、あまりに予想外なものだった。

引き攣ったお母さんの顔が、急に遠くなる…。

隣のお父さんが、そっとお母さんの肩に手を置いた。

結はしぶしぶ、と言うような返事をして、黒いワンピースのスカートを翻し、駆けていった。