振り返ると、数メートル向こうの路地。
同じクラスの佐野玲於が、じっとこっちを見つめていた。
いつものように、表情のない目で。
佐野は誰ともつるまない。
男子とも女子とも。
私と違っていじめられてた訳じゃないけど、クラス内の全ての人間と、距離を置いているようだった。
それでも顔は結構カッコよくて背もスラっと高くて、休み時間の度に「好きなAV女優ランキング」とかで盛り上がってる、クラスの他のガキっぽい男子とは違って、中2には思えない、ちょっと大人の魅力があって。
2年生になった当初、同じクラスになれたってはしゃいでる女の子たちもいて、早速話しかけてる肉食系女子もいたけど。
メアド教えてー、赤外線しよー、とまとわりついてくる女の子立ちに向かって、佐野はこう言った。
その一言で、肉食系女子たちは揃って幻滅したらしい。
いくら顔が良くても、性格が最悪じゃ、ね。
………いや、そんなことは今はどうでもいい。
問題は、なんで佐野が私の名前を呼んだのかってこと。
そして今、真っ直ぐこっちを見つめているのかってこと。
どうして、私がここにいるのがわかるの?
私は幽霊の身で、誰にも見えないはずなのに……。
そのままずいぶん長い間…いや、実際にはほんの数秒だったと思うけど…私たちは3mほどの間隔を挟んで、しっかり見つめあっていた。
佐野はしばらくすると、冷えた目のまま、足を返して歩き出した。
後に残され、立ち尽くす私を、何人もの人がすり抜けていく。
しかし、なんだったんだろう、今の。
確かに、言ったよね?佐野。
胡桃って、私の名前、呼んだよね?
私の事、見てたよね?
でもまさか、そんなわけ…。
疑惑を残したまま、私は葬儀場を後にした。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!