第20話

忘れたくない
903
2023/11/01 09:00


(犬飼 side)





あなたちゃんはバカ正直なタイプに見えたけど、どうやらそんなことはなく。

鳩原ちゃんの話題を出したら、俺らの雰囲気を察知して席を外してくれた。


思ったより人のことを見てるんだなぁ。
そう思いつつ、辻ちゃんの小さな声へ耳を傾ける。







「俺は……鳩原先輩の穴を誰かで埋めるとか、したくないです。 死んだわけでもないのに……」


「なるほどね。 でもさ、鳩原ちゃんって帰ってきてもボーダーには戻れないでしょ。
トリガーの横流しは重大な規律違反。それに密航までしちゃったんだから、そんな人がボーダーどころか 二宮隊ウチ に帰ることなんて……」


「それはわかってます。わかってますけど……」







辻ちゃんの堪えるような表情に、ひゃみちゃんが「理屈で語れることじゃないんでしょ」と俺を見た。







「鳩原先輩の代わりにあなたちゃんを入れる。
その行為が、鳩原先輩という存在を風化させるんじゃないかって思っちゃうんだよ。」


「……ひゃみちゃんの言う事はわかるよ。 でもその鳩原ちゃんを連れ戻すためにも、俺たちはA級のトップチームが居る“遠征部隊”に入らなきゃいけないじゃん。
つまり俺たちは、もっと強くならなくちゃいけない。 そのためにはあなたちゃんが必要だと思うよ。」







感情にどこまでも理屈で返すことは我ながら卑怯だと思った。


ただ俺は、今も1人で悩む二宮さんを救いたかった。 あの人は今でも鳩原ちゃんのことを調べている。


なんで密航なんて判断に至ったのか。 協力者は誰なのか。 どういう手口で行ったのか。
___なんで俺たちに伝えてくれなかったのか。


全部知ったところで苦しみが晴れるわけじゃない。

ただ、二宮さんが前を向くには、実際に鳩原ちゃんを連れ戻し、彼女の口から全てを聞くしかないんだと思う。

そして勿論、二宮さんだけでなく俺たちも。






「っ、わかりました」






辻ちゃんが未だ渋い顔をしながらも頷いてくれた。


そこでちょうど、ジュースを持ったあなたちゃんが帰ってくる。 テーブルにカン、と置かれたグラスには、甘い匂いの液体が並々に揺れていた。

ぽたりと水滴が落ちて、俺は向かいに腰を下ろすあなたちゃんを見遣る。







「何にしたの?」

『グレープジュースです。』







あなたちゃんはにこーっと笑ってグラスを掲げた。

ジュース程度で喜色を浮かべるなんて単純だなあ。 そこが愛嬌なのかもしれないけど。







「で、どう? 俺たちの隊に入る気はある?」

『うーん……』







あなたちゃんは俺の言葉に、顎に手を当て考え込み始めた。

まあ入隊したばかりだし悩むよなぁ。 そう思っていると「そうだ」と彼女の指が鳴った。







『その前にひとつ聞いてもいいですか。』

「? いいよ」

『___“鳩原さん”はチームメイトなんですか?』







核心を突くような問いに、俺だけでなく氷見ちゃんたちも息を呑んだ。


どう答えようか。 いくら彼女が有望株で遅かれ早かれA級到達するであろう逸材であろうと、ボーダーの気密事項を洩らすわけにはいかない。


結局少し間を作ったものの「元だよ。今はボーダーに居ない。」とだけ返した。

するとあなたちゃんはそれ以上深追いしなかった。
ただ首肯し、真っ直ぐに俺を見る。







『素敵な人だったんですね。』


「……!!」


『ボーダーから居なくなった後もチームメイトに信頼されてる。 きっと犬飼さんたちにとっては、絶対に忘れられない大切な人なんでしょうね。
そして今、そんな人の席に私が着こうとしてる。』







わかりきったことを話しているはずなのに、彼女の声色には何処か重みがあった。

一瞬たりとも聞き逃すことは許されない。

本能でそう感じて、息も殺して言葉の続きを待つ。






『……単刀直入に聞きます。 嫌じゃないですか?』






___どくん、と心臓が音を立てた。


否定したいのに唇が動かない。 だって一瞬でも「その通りだ」って思ってしまったから。

本当は少しだけ、嫌だった。


鳩原ちゃんの席にあなたちゃんが着いたからって、鳩原ちゃんが消えるわけじゃない。 彼女をチームに入れることが最善だ。

全部わかっているはずなのに、胸がじくりと痛む。 そんなことはしたくないと、心の奥の方で俺が言っている。


それはきっと、俺も辻ちゃんやひゃみちゃんと同じ気持ちだったから。







____「俺は……鳩原先輩の穴を誰かで埋めるとか、したくないです。」

「鳩原先輩という存在を風化させるんじゃないかって思っちゃうんだよ。」







2人の言葉が今になって頭に浮かぶ。

そうだね、その通りだよ。 俺はまだ、鳩原ちゃんを忘れたくないんだ。

彼女が居たという証を、存在を、少しでも消すことなんてしたくない。 まだ“あの日の二宮隊”を引き摺っていたんだ。


そんな自分が恥ずかしくて情けなかった。
前を向けないでいると、あなたちゃんが優しく語った。






『嫌なら嫌でいいでしょ。 無理に我慢して自分を殺す必要なんて無い。
鳩原さんを大事にしたいって気持ちは、悪いことじゃないと思いますよ。』







その言葉に恐る恐る顔を上げる。

あなたちゃんの表情は泣きたくなるくらい優しかった。 その隣でひゃみちゃんが、俺の隣で辻ちゃんが微笑んでいる。


それだけで、この気持ちは間違ってないんだ、って思えた気がした。
らしくもなく、単純に。






「俺たちで鳩原先輩を見つけ出しましょう。
あの人には言いたいことも聞きたいこともたくさんある。」






辻ちゃんがそう言った。 俺はそれに深く、大きく頷いた。

昼下がり、雲に隠れた太陽が顔を出した。





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