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第20話

ユーレイに恋をするのは、アリでした。
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2020/11/02 09:00
約三年ぶりに会った景久は、少しやつれてはいるものの、やっぱりイケメンだ。


景久に好きだと言われて、私は放心状態のまま、景久の肩と頬と手を順番に触れる。


今度はちゃんと温かさのある肌に、指先が当たった。
笹良 直
笹良 直
あれ、すり抜けない……
優木 景久
優木 景久
だから、本体が目を覚ましたんだって

私が笑えば、景久もまた笑う。


泣くまいと堪えていた涙が、瞳に膜を張った。


きっと目を覚ましてくれると信じて待っていた日々は、思い返してみると、寂しいものだったのだ。
笹良 直
笹良 直
あんな短い時間で、幽霊を好きになってしまって……。
そんなのってアリなんだろうかってずっと疑問に思ってた
優木 景久
優木 景久
その答えは出た?
笹良 直
笹良 直
……出た。
きっととっくに出てた

私は頷き、大きく息を吸い込む。
笹良 直
笹良 直
大アリ!

たまらず、景久の胸に飛び込んだ。


景久も強く抱き留めてくれる。


触れられる体温が、たまらなく愛しい。
笹良 直
笹良 直
(こんなにも嬉しいなんて……)

今、もしかすると一生分の幸せを噛みしめているんじゃないだろうか。


そんな錯覚を起こしてしまう。
八森 朝陽
八森 朝陽
ただいまー……うわっ!
笹良 直
笹良 直
……あっ、お帰りなさい!

ちょうど、朝陽先輩が実習から帰ってきた。


私たちは慌てて離れたけれど、抱き合っていたところをばっちり見られている。
八森 朝陽
八森 朝陽
え……?
優木くん、だよね。
また幽体離脱したの!?

先輩が私と同じ反応をするので、私と景久は顔を見合わせて笑った。



***



みんなで椅子に掛け、景久の話を聞いた。


彼は今から約一ヶ月前に目を覚まし、検査や栄養管理、リハビリを経て、無事に退院したとのこと。
笹良 直
笹良 直
一ヶ月も前?
連絡もらえたら、すぐ行ったのに……
優木 景久
優木 景久
俺だって、すぐにでも直に会いに来たかったよ。
でも、あまりにもやつれてて恥ずかしくてさ……。
マシになるまで我慢しようと思って
笹良 直
笹良 直
なにそれ!?
あはは……。
でも、景久らしいな

景久の母親はやはり連絡をくれなかったけれど、それは故意ではなく、景久の看病につきっきりで単に余裕がなかったらしい。
優木 景久
優木 景久
両親も、もう俺が目を覚まさないって半ば諦めてたらしいから。
回復して嬉しかったって
八森 朝陽
八森 朝陽
家族と向き合える時間ができて、よかったな
優木 景久
優木 景久
ああ。
俺も親が望まないことはしないようにって決めたけど、ひとつだけ、夢は追いかけさせてもらうことにした
笹良 直
笹良 直
夢……?
あ、それって、もしかして!

景久はバッグから一枚の履歴書を取り出した。


経歴、特技から趣味、自己PRまでびっしり書かれている。
優木 景久
優木 景久
前にスカウトを断ったとき、大手の事務所でずっとしつこかった人がいたんだけど……。
連絡してみたら、まだ有効だって言うから
笹良 直
笹良 直
すごいすごい!
優木 景久
優木 景久
まだド素人だけどさ。
稽古を積んで俳優になれたらって思うんだ
八森 朝陽
八森 朝陽
一ヶ月前まで寝てた人が、俳優……?

喜ぶ私と対照的に、朝陽先輩は信じられないといった様子で口を開けている。


景久は自分のやりたいことを諦めていたからこそ、私はその夢を全力で応援したいと思った。
笹良 直
笹良 直
でも、大学はどうするの?
優木 景久
優木 景久
ちゃんと通うよ。
医師免許を持つ俳優ってのなら、名前も売れそうだし?
笹良 直
笹良 直
えー……。
そんな理由で医師免許とってほしくない……
八森 朝陽
八森 朝陽
そうだ、調子に乗るな。
それに僕はまだ笹良さんを諦めてないからな。
忙しくして放置するなら、いつでも邪魔するよ

朝陽先輩が、珍しく強気で景久を牽制した。


しかし、景久はどこ吹く風だ。
優木 景久
優木 景久
あ、大丈夫でーす。
直のことは、誰にも真似できないくらい大事にするんで
笹良 直
笹良 直
……!

肩を抱き寄せられ、そう言われた。


嬉しくてたまらなくて、胸の奥がぎゅっとなる。


幽霊に恋をしてしまう人間なんて、世の中には私ぐらいしかいないだろうけれど……。


今回、景久が戻ってきたのは、結果論かもしれない。


もし、景久が目を覚まさなくても、私はずっと彼を想い続けただろう。


――よって、幽霊に恋をするのは、私にとってはアリなのでした。



【完】

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