第5話

幽霊が隣にいることが、心強いなんて
私は後ろを振り返り、朝陽先輩が見えなくなったことを確認した。


立ち止まって、息を整えながら、追いついてきた景久を見つめる。


彼は幽霊なので、走っても息を切らすことはない。


私ひとりだけぜえぜえ言っているのが、ちょっと悔しい。
笹良 直
笹良 直
あんなふうに、突然来られたらびっくりするよ。
どうして、あそこが私のバイト先だって分かったの?
優木 景久
優木 景久
だって、直の帰りが遅いからさ。
心配になって、様子を見に来たんだよ。
気配を辿れば場所が分かるから
笹良 直
笹良 直
そ、それは……ありがとう、ございます

朝陽先輩や実里さんだけでなく、景久も私も心配してくれたのだ。


これからはもっと、みんなの厚意を素直に受け取ろうと考え直すことにした。
優木 景久
優木 景久
早く帰ろう。
このあたり、あんまり関わりたくない霊が結構歩いてるし
笹良 直
笹良 直
もしかして、原稿用紙を一枚落としちゃった人とか……?
優木 景久
優木 景久
ああ。
さっき、「知らないか?」って話しかけられたな。
知らないって答えたら、一緒に探す流れになりかけて、焦った……

景久は顔をしかめ、不安そうに体を揺らした。
笹良 直
笹良 直
(外は嫌なのに、出てきてくれたんだ……)

景久の手が伸びてきて、私の手を取ろうとした。


しかし、するっとすり抜けてしまう。
笹良 直
笹良 直
あ……
優木 景久
優木 景久
……そうか。
人間には触れないんだったな

改めて、人間と幽霊なのだと実感させられる。


早く帰りたくて、でも私を放っておけないから、景久は引っ張っていこうとしたのだ。
笹良 直
笹良 直
気持ちだけ、受け取るね。
早く帰ろっか
優木 景久
優木 景久
……ああ。
なんか、エスコートに失敗したみたいで恥ずかしいな
笹良 直
笹良 直
そんなことないよ

私はそう言って笑い、景久と一緒に早歩きで帰り始める。


ひとりで大丈夫だ、なんて、きっと嘘だった。


景久が隣にいることで、とても心強かったから。



***



あれから何事もなく、私たちは無事にアパートへと戻った。


照明を点け、鞄を置くと、景久は考え込むように腕を組んで私を見ている。
笹良 直
笹良 直
どうしたの?
優木 景久
優木 景久
……いつも、こんな時間までバイトしてんの?
笹良 直
笹良 直
うん。
そうしないと、生活していけないから

私の答えに、景久は下唇を噛み、頭のてっぺんをがりがりと掻いて、複雑そうな表情を浮かべる。
優木 景久
優木 景久
……俺、家族に甘えてた
笹良 直
笹良 直
え?
優木 景久
優木 景久
アルバイトなんて、週一か週二くらいでやって、あとは適度に勉強してればいいって。
大学生活って、『人生の夏休みだ』くらいにしか思ってなかった。
大学に行かせてもらえて、毎日ゆっくり休めるだけ、幸せだったんだな……

しみじみと生前の幸せを噛みしめる景久に、私は笑ってしまった。


他人との幸せ比べなんて意味がないと、ここまで生きてきて知っているから。


でも、景久が自分の生き方を振り返って反省する機会になったのなら、私が彼と出会えたのはよかったことなのかもしれない。
笹良 直
笹良 直
そうかもね。
でも、私は自分が不幸だと思ってないよ。
幽霊が見えるって以外は、大変だけど充実してて楽しいもん。
たまーに、自分の人生を呪いたくなるときはあるけど
優木 景久
優木 景久
そうか……

景久は何度も頷いて、何かを閃いたように手を叩く。
優木 景久
優木 景久
よし!
これからは毎晩、俺が直を送り迎えする!

彼は生き生きとしてそう言った。



【第6話へ続く】