急に悠仁の中のモノの気配がなくなった。
下からじゃどういう状況なのか分からない。
様子を見るにも悠仁みたいに運動神経がいいわけでも身体能力があるわけでもない。軽々と飛び越えられたらどれだけ助かるだろう。
悠仁が自らの首の根をつかみ、そこから半分ずつの二つの気配があった。
しばらくしたら悠仁の気配しかなくなった。
消えた?
出て行った?
幻だった?
違う。確かに、あれは悠仁じゃなかった。
悠仁の中に誰かが
得体の知れない何かが
危険な何かがいた。
今は居ないのか。
じゃあ、これで安心出来る·····?
急に後ろに現れた目元を隠した男性に愛莉は反射的に振り返った。
突然現れ、敵かも味方も分からない風貌。
目元は黒い布で目隠しをし、全身黒づくめ。
味方だとしても信用出来る格好じゃない。
ツンツン頭、と表現し、最近会ったそれらしき髪型の人は一人しかいない。あれをツンツン頭と表現するのかよく分からないが、対象者が一人しか思い浮かばなかった。
先生、という感じはしない。
怪しい、という言葉しか見つからないが、味方だと認識し安心した。
気を引き締めなきゃという気持ちとは逆に、先生という言葉で安心した気持ちのせいか足元に力が入らなくなり、その場に座り込んだ。
悟は立たせてくれようと手を差し伸ばすが、思うように立てない。
いつの間にか愛莉の体は数十センチ宙に浮き、誰かに抱き抱えられ悠仁と恵のいる場所に移動していた。
近くに座り込んでいた恵に話しかける。
ゆっくりと降ろされ、抱き抱えた人物を見ると先ほど声をかけてきた目隠しの先生だった。
悟が愛莉を脇に抱き抱え、下から上に瞬時に連れてきていた。
その間、数秒。瞬きする間もなかった。
校門入口に居たはずなのに、誰かに連れて来られているこの状況に困惑していた。
見た目も気配も悠仁しか感じない。
でも消えていないわけじゃなかった。
どうして·····?
どこに行ったの?
悟はスマホを取り出し、怪我をした恵の姿を写真撮り始める。
恵の頭からは血が流れており、血を拭おうとスカートのポケットからハンカチを取り出し恵に近づいた。
拭こうとするが、恵は拒否し腕で妨げた。
女の子からの対応に慣れていない、恵のしどろもどろな表情に悟はニヤニヤしていた。
その様子にさり気なく手を上げ近づいた。
食べ·····た·····?
気配が消えていなかったのはまだ悠仁の中にあったからだった。
悠仁の中にはアレがまだいる。
消えたわけじゃない。
悠仁の中で侵食しているのであれば、もう二度と消えることはない。
か細い声に男三人組は愛莉の方に顔を向けた。
顔を俯かせていて、表情が読み取れなかった。
ピリッとした空気を悟一人は感じ取っていた。
悠仁の気配にもう一人いる。
そんなの許せない。
邪魔だ。
悠仁の命が危ぶまれる。
私は守らなきゃいけない·····っ!
顔を上げた愛莉は悠仁を鋭く睨みつけた。その一瞬で何かがいきなり悠仁の頬をかすめていく。
瞳がその一瞬で赤くなったのを悟は見過ごさなかった。
愛莉の気配に恵も気づき、一歩後ろに下がった。
ハッと愛莉は我を取り戻し、周りを見渡した。
愛莉を見て何かを察した悟は悠仁に近づき、顔を覗き込んだ。
やっぱり中にいるんだ。
悟は股関節のストレッチをし始めた。
持っていた紙袋を恵に渡した。
愛莉は恵と一緒に中身を覗いた。
·····この人、土産買ってから来やがった!
愛莉の目の前で宿儺に代わった悠仁が悟を襲おうとしていた。
クルッと体の向きを変え、宿儺は跪く形になり悟はその宿儺の背中に座り込んだ。
宿儺の顔が愛莉の目の前に迫っていた。
身動きも出来ない愛莉は目を見開き、息も出来ないぐらい目の前の悠仁じゃない、アレを見つめるしか出来なかった。
自らの攻撃を繰り出す前に悟の拳と蹴りが入る。
愛莉は悟に言われた通り、恵の腕を自らの肩に回し、少し離れた場所に移動ししゃがみ込んだ。
殴られた勢いで宿儺は吹っ飛んだ。
だが、手応えもなく、すぐ起き上がった。
悠仁を助けなきゃ·····!
吹っ飛んだ宿儺を睨み、愛莉は立ち上がったがすぐさま恵が腕をつかんだ。
ゆっくり立ち上がり、首のコリをほぐすように回した。
身体全体に力を入れ、血管が浮かび上がってくる。
悟の前の地面を削り取り、宿儺は攻撃を仕掛けた。
砂ぼこりで姿が見えなかったが、中から気配を感じ取った。
風で少しずつ姿を現していた。
地面の破片が宙に浮き、悟の前で止まっていた。
悟の後ろには恵を庇った愛莉が身を固くしていた。
愛莉は恵を庇っていた顔をゆっくり上げ、悠仁を見据えた。
宙に浮いていた破片を落とし、悟は意識が戻った悠仁に近づいた。
制御できてるという事は共存してしまっているという事。
もう、元の悠仁は戻ってこない。
ごめんね。
助じぃ、私、悠仁を守れないかもしれない·····。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!