第9話

No.8
163
2022/09/19 13:24
図書館のおばあさん
ちょっとそこの若いの
海斗
はい…?
さっきまで椅子に座っていたおばあさんが、海斗に近づいてくる。腰は曲がり、かなり下からのご挨拶だ。
図書館のおばあさん
こんなところで何をしてるの?
海斗
え…あ、ちょっと探し物を…
それから無の時間が流れた。
何分経ったか分からなかったが、海斗からなにか話を切り出す雰囲気でもなければ、おばあさんが何か言い出す雰囲気でもなかったので、ただただ時間だけが過ぎていった。

すると、徐に口を開いたおばあさん。
図書館のおばあさん
この前ここに来てたあの女の子の
知り合いかい?
海斗
女の子…?
図書館のおばあさん
確か“波”とか言ったかな
海斗の心臓がこれ以上ないほど跳ねた。
今目の前に、波の行方を知っているかもしれない人がいる。その事実だけで、海斗はなにかに押しつぶされるような感覚に陥った。
海斗
波を…知ってるんですか?
図書館のおばあさん
知ってるも何も、あの子よくここに
来てたわよ
海斗
え…?
なぜ波がこんなところにいたのだろう。
一気に情報が入ってきたせいで上手く頭が回らない海斗は、考えることをやめた。
海斗
波の行方を知りませんか…?
あいつ、居なくなってしまって…
図書館のおばあさん
……やっぱりそうか
海斗
やっぱり…?
図書館のおばあさん
着いてきな
その子の居場所なんか知らないが
いいこと教えてやるさ
そう言って歩き出したおばあさんに、わけも分からずついて行く海斗。どうやら波が消えた海に向かっているらしい。この人、ほんとに波の何かを知っている。海斗は多少怪しいと思っていたが、黙って着いていくことにした。
海斗
あの…あなたは、誰なんですか…?
図書館のおばあさん
あんたが知ってる人じゃないよ
海斗
僕も、知り合いにあなたみたいな
不思議な人はいませんよ
図書館のおばあさん
不思議な人ねえ…
図書館のおばあさん
あながち間違ってないさ
海斗
え…?
図書館のおばあさん
私は渚って言うんだ
図書館のおばあさん
おばあにしては珍しい名前だろ?
昔のきらきらねえむよ
けたけたと笑うおばあさんに、どう反応していいかわからなくなった海斗は、少し苦笑いをしてその場を乗りきった。

それからしばらくして、波が消えた海に着いた。

やはりここが目的地だった。海斗はなぜか、緊張で心臓の音がうるさかった。
海斗
ここ…波が消えた場所です
そうだろうと思ったさ
お前は「盆の日に海に来ては行けない」
って知ってるか?
海斗
聞いた事くらいはありますけど…
盆で帰ってきてる先祖の霊に、霊界まで連れ去られるからな
それと同じさ
あんたの相棒に起こったことは
海斗
同じ…?
このおばあさんが言いたいことはなんなのか、海斗にはすぐにわかった。
海斗
連れ…去られた…?
海斗
でも何に…?
さーね
それは自分で調べな
あと、あの女の子にも言ったけど
黄昏の海には気をつけな
海斗
黄昏の海…?
そうさ、逢魔ヶ刻って聞いたこと
ないか?
海斗
黄昏時の別名…
魔物に逢うから逢魔ヶ刻なのさ
十分気をつけなね
そう言って身を翻したおばあさん。
そのまま何事も無かったかのように海を後にするおばあさんに、海斗は慌てた声を出した。
海斗
俺、海斗って言います
あなたは、波の何を知っているんですか
海斗
あなたは…誰ですか…
…そのうちわかるさ
振り返らずに答えたおばあさんは、気づけばいなくなっていた。多少の恐怖を覚えた海斗は、足早に家路についた。その夜はなかなか寝付けなかった。

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