目の前には、波がいた。
海斗は、ボロボロの波を抱きしめた。
身を呈して海斗と蒼空を守った波は、柔らかく笑う。
うっすらと目に涙をうかべた海斗は、ただひたすらに波の回復を祈った。
知らぬ間に渚はいなくなっていた。
さっきの半魚人に連れ去られたらしい。
消え入るような声で言った波は、海斗の腕の中で瞳を閉じた。安心しきった顔で、全体重を海斗に預けたままで。
海の音しか聞こえないはずだったのに、絶望が拡がっていく音がした。少し離れたところで二人を見ていた蒼空も、力が抜けたように倒れ込む波を見て駆け寄ってくる。
どれだけ揺さぶっても波が目を覚ますことは無い。
怒りが頂点に達した蒼空は、瞳に大粒の涙を浮かべて叫び続けた。忌まわしき半魚人に復讐するために。
海斗は泣いていた。その悲痛な叫びに、蒼空もぼろぼろと涙を流した。
日は沈みかけの黄昏時。太陽は、沈む直前に1番輝くらしい。その日1番輝く、眩しいほどの日の光を浴びて、2人の瞳がキラリと光る。
その時、波の体から、いくつもの光の玉が現れた。ふっと軽くなった波の体は、海斗の腕を離れて宙に舞う。いくつもあった光の玉は、やがてひとつの大きな光となって、波を包み込んでいた。大きくなりながら空に上がっていく光の玉を、2人は無言のまま見つめていた。
もう、いくら手を伸ばしても届かない程の高さまで上がった光は、一瞬点滅して、パンッと弾けた。
そこに波はいなかった。
陸に生きていて受けるはずのない致命傷を負った人間は、こうやって最後を迎えるのかと、不思議と納得した2人は、目に涙をいっぱいにためて、
と呟いた。
~数年後~
あの不思議な事件から数年。あの時の記憶は消えることなく残り続け、海斗と蒼空の中に、悲しい記憶として刻みつけられていた。
大学はそれぞれ別の学校に入学し、海斗は大学院へ通い、蒼空は海に関わる仕事がしたいと、海上自衛隊への入隊をめざしている。
それぞれ、心の奥底でずっと波を思っていた。
そんなある日、2人で会う機会ができ、久しぶりに会うことになった。
2人で駅近のファミレスに入り、思い出話にふけった。
「失礼します、ご注文お伺い致します」
そこには、店員として佇む波がいた。
ファミレスの中で話すのも気が引けたので、波のバイトが終わるのを待ち、場所を変えて話をした。
波の話によると、あの事件のことを何ひとつとして覚えておらず、記憶があるのは、目が覚めると全く知らない病院の個室で目が覚めたところかららしい。なぜ病院にいるのかも、自分が何をしていたのかも覚えていなかった。ただ、記憶が抜けていたのは、あの事件の前後だけで、それより前のことは覚えていた。
その日から、3人のルームシェアが始まり、再び親友を失うことは二度となかった。
~完~
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。