第6話

NO.5
168
2022/08/05 16:19
「波が消えた」

この一言だけで、海斗の頭は何も考えられなくなっていた。その後に続いた蒼空の説明も、まるで全く知らない外国語を聞いているように、何も耳に入ってこなかった。
蒼空
海斗…?
海斗
あ、ごめ…
海斗
ちょっと1人にしてくんね
なんか…なんも考えたくない
蒼空
おっけ…
蒼空がその場を離れる。
海斗
波…
「失ってから気付く」という言葉があるが、海斗は今、その典型的な例に直面していた。
波がいない。たったそれだけのことで、大きく、そしてどうしようもない喪失感に襲われた。

中学生の頃、1度だけ、波が高熱を出して1週間学校に来なかったことがあった。あのとき初めて、海斗は波の存在の大きさに気づいた。波がいないだけで、教室がいつもの景色には見えなかった。その時とほとんど変わらない、やるせない気持ちが今の海斗を襲っていた。
それからいくら時間が経ったのだろう。
海斗の頭も幾らか整理され、色々と考えられるようになった。それから蒼空と話しているうちにどうして波が消えたのか分かってきた。
蒼空
なんかさ、バーベキューしたところの砂浜に波の靴が落ちてたらしくて、警察の人は高波にさらわれたって言ってたよ
海斗
んー、でもほんとに流されたのか?
蒼空
そーなんだよ、流されたならなおさら
靴なんか落ちてないよね
蒼空
バーベキューの後も、別に海に入ろうとしてたわけじゃなさそうだし
海斗
んー…
海斗
波が高波にさらわれるなんてこと
あるか?
海斗
あいつ、生まれた時からここに住んでて
何回も海来てんのに
蒼空
俺もそれは思ったんだよ
ここまで来て、海斗は「波は高波にさらわれてなんかいない」と確信した。でも、そうなるとなぜ波が消えたのか説明がつかなくなる。
海斗
じゃあ、なんで波は…
蒼空
…あのさ、波ってなんか悩んでたり
してた?
唐突な蒼空の問いに、一瞬質問の意図がわからなかった海斗だが、直ぐに何を言いたいのか理解した。
海斗
…お前まさか、
蒼空
いや、可能性の話じゃん?
蒼空
だって、砂浜に残された綺麗な靴も、
バーベキューの後、波が砂浜に残ってたのもそれで説明がつくだろ?
海斗
いや…でも…
波の悩みに心当たりのある海斗は顔を曇らせた。

今、2人の頭にある仮説はおそらく同じだった。それは、波には全く似合わないが、当時の状況を完璧に説明できる。






海斗
あいつが…自殺なんて…

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