おばあさんに言われたことを真に受けるべきか一晩悩んだ波は、一応の用心はしておく事にした。名前も知らないほぼ初対面のおばあさんの言うことを信じるなんてどうかしているかもしれないが、おばあさんのあの真剣な眼差しはどうしても何かあるようにしか見えなかった。
明日は前に話していた日曜日。波や海斗、蒼空の他に中学時代の仲間も何人か引き連れて、ビーチでバーベキューをすることになった。波は、「ビーチ」という響きに少し抵抗を覚えたものの、特に気にしなかった。
何かが起きてしまう前に海斗に能力のことを打ち明ける。前々から思っていたそんな考えも浮かんだが、こんな話、おそらく信じてくれないことに加え、言ったところで何か変わるのかと不安になってしまい、結局何も言わないことにした。
そうと決めたはずなのに、海斗と話しているとうっかり口を滑らせてしまいそうになる波。気をつけながら話そうとするが、口を滑らせるのが怖くて自然と口数が少なくなる。
別に何かが不安な訳では無いが、今日はどうしても1人になりたくない気分の波。放つ言葉の一つ一つに気をつけている分、疲労も溜まったのかもしれない。
海斗の優しさに溺れてしまいそうになる波は必死に自分を保った。波の心に優しく強引に入っていく海斗は、心配そうに波を見つめたまま目線を外さない。
不器用なりに心配してくれていることは波も分かっていた。でも、海斗に心配をかけてでも、海斗に直接相談することなんてできない。いくら友達だからといって波の能力なんて信じてくれないと、そう思って疑わなかった。
その日はそのまま解散。次の日にまたビーチで集合することになっている。なぜか、明日借りる予定のビーチの一角に足を運んだ波。
『黄昏時の海には気をつけなさい』
あの時おばあさんに言われた言葉が頭をよぎる。今の時間はちょうど黄昏時と呼ばれる、夕方と夜の間くらいの時間帯だ。若干の怖さはあるが、何か起こるのか試しておかない訳にはいかなかった。
いつものように、海辺に腰かけて目を閉ようとした。
その時、波は目も開けられないほど強い光に包まれていた。夕日の光よりも青白く、どんどん波の体を包んでいく。目が開かず、ギュッと目を瞑ったまましばらくすると、近くで海斗や蒼空の声がした。
みんなもこの眩しい光に巻き込まれたと思った波は必死にその姿を探した。しかし、途中でこれが能力で見えている空間の中であることに気がついた。すぐ側で波の音が聞こえ、目の前には明日の波がいる。
海斗の後を追って走り出す波。海斗はもう既に一人で遠くまで走っている。そろそろ疲れてきた波の横を強い風が吹き抜けた。
その時、遠くから叫び声が聞こえた。その叫び声が、何度も聞いた声質で、頭に響く警告音とサッと血の気が引く感覚を感じながらも、それらを無視して走り出した波。そこに居たのはテトラポットを自らの血で染めて、体を挟まれた海斗だった。近くには強風による高波でバランスを失った水上バイクが浮いている。だが、波には目の前で目を瞑ったまま動かない海斗しか見えておらず、水上バイクには気が付かなかった。
それを最後に再び景色が青白く光り始め、目を閉じる波。今日に帰ってきた波は衝撃的な映像が脳裏に焼き付いて離れず、その場に崩れ落ちた。
こんなことは初めてだった。人の死が見えたことも、青白い光に包まれたことも。そして、何よりも衝撃なのは、海斗の死が見えたことと、自分の意思とは関係なく明日が見えたことだった。
おばあさんの言うことが正しいなら、代わりに私が死ぬかもしれない。それでもいいから海斗には生きてて欲しい。そんな気持ちが溢れて止まらなかった。
明日で全部さよならかもね…