第82話

ある日の夕時
877
2023/04/05 10:57
ねえ遅くない?
 仙 道
ごめん、捕まっちまって






特に予定もないから遊びにきたアパート。






午後には終わるってメールしてきた家主は
結局夕方過ぎに帰ってきた。

鍵はポストだからいいんだけど。






お腹すいたー
 仙 道
冷蔵庫に昨日の残りあるぜ
食っててよかったのに
ひとんちの漁んないでしょ
 仙 道
はは、家入ってる人のセリフじゃねーな






狭い玄関で大きな靴をごろんと転がし、

靴下を脱いでぺたぺた洗面所へ向かう姿を見つめる。






勝手に食べていいなら食べるけど
 仙 道
…待っててくれんの?
じゃあ待たない
 仙 道
うん、5分で出ます






Tシャツを脱いで見えたのは逞しい背中で

へらりと笑って脱衣所の扉を彼は閉める。




準備のつもりで台所に行くと炊飯器は保温中。

冷蔵庫を覗けば、中サイズの鍋が冷やされている。





(夏にシチュー…?)





他になにも見当たらないから一旦コンロにかける。

作ったら2、3日持つしな、シチューとかカレーとか。




ちょうど、食欲そそる匂いが漂ってきた頃

さっぱりした家主が現れた。





………
 仙 道
……ん?
髪、意外と長いんだね
 仙 道
あぁ、ノーセット見たことないっけ?






濡れ滴る束をわしゃわしゃしながら
タンクトップで出てきた彰くんが

冷蔵庫から炭酸を取り出してプシュッと鳴らし、
鍋蓋を取り上げて「頃合いだな」と呟いた。







お皿が見当たんないんだけど
 仙 道
あぁ、上だよ、上





ペットボトルを握る手の人差し指をピンと立てて

指したのはキッチン上に取り付けられた棚だ。





変わった場所に置いてる
 仙 道
上のが取りやすいの
あーなるほど






背を伸ばして棚の扉に手をかけると

数枚の皿が積んである。





ちっちゃいと奥まで見えないな、と思いながら

そのうち2枚を引き抜こうとすると

後ろから伸びた手が、わたしの手ごと皿を掴んだ。




お風呂上がりのいい匂いがする。





 仙 道
落ちてきたらシャレになんねーでしょ
別に取れたのに
 仙 道
なああなたちゃん
いい匂いするって言われねえ?
特には?
 仙 道
ふーん…
うわっ、嗅ぐな…!
 仙 道
たしかに俺のがいー匂いかも?
サイテー
 仙 道
うそうそ、女の子の匂いしますよ
シャワー浴びたての人と比べないで
 仙 道
嗅ぐ?
嗅がない





頭にすんすんと鼻を寄せてきてた男が

へらへら軽口を叩いて離れていく。



炊飯器をぱかりと開けてしゃもじを握った彼は

先に自分の分をこんもりと盛りつけた。





 仙 道
あなたちゃん飯、こんなもん?
…もうちょっと食べる
 仙 道
ルーは?
少なめにして
 仙 道
オッケー…あ、準備あんがと
火つけただけだよ
 仙 道
うん、ありがと







目の前に置かれたシチューと、手渡されたスプーンと

向かいに座る髪を下ろした知らない状態の彰くん。






 仙 道
遅くなっちゃったな
ほんとに、ひと待たせてんのに
 仙 道
俺は速攻帰ろうとしたんだぜ?
部活?大変だね〜…
…そういえば、
彰くんのバスケわたし見たことない
 仙 道
…そーいえばそーか?
話もしないよね、なんで?
 仙 道
どーせならあなたちゃんが
食いつく話してーしなあ…
バスケ興味なくはないよ
 仙 道
じゃ見る?
見れるの?いつ?
 仙 道
メシ食ってちょっとしてからだな
お風呂入ったのに?
 仙 道
好きな子のためなら一肌脱ぎますよ
え〜…ならお言葉に甘えて〜





ご飯を食べる彰くんを見つめてみる。



わたしよくなんかしら食べてるな。

…3人とも、食べ方って違うんだな。




彰くんは唇がよく動く。スプーンは長めに持つ。

寿くんが1番豪快で、男って感じだったな。

流川は……





 仙 道
そんな見つめられると照れちゃうな
…ねーこれ、セットどうしてんの?






いつもツンツン尖っている毛先が

今は重力の赴くままに額を隠していた。



手を伸ばしてなでてみると、湿りが指に絡まる。

彼は気にしないでもぐもぐ中だ。






 仙 道
簡単だぜ、
いろいろつけてガッと上にやるだけ
へえー…キープ力えぐいね
 仙 道
俺、皮膚になんかついてんのダメでさ
あはは、なにそれ





しっかりした髪、決して細くはない。



くしゅくしゅ揉んでいる自分の手から

キリッとした瞼が上がってちらりと見られる。



よく動く唇の両端が引き上がった。






 仙 道
あなたちゃん、
今の俺の気持ち当てて
えー、くすぐったい?
 仙 道
いぬ
犬か…、なるほどね





たしかに犬も、
なでられると気持ちよさそうにするもんな。

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