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第88話

滾り厭わない
543
2023/09/22 23:43
コートへ戻ってきた流川に、観客席はざわついた。





さっきまでギリギリ開いてた左目は
この短時間で驚くほど腫れ上がって


もう完全に塞がっていた。








 晴 子
鳴海先輩!
晴子ちゃんありがとうね〜
 晴 子
いえっ、…流川くん大丈夫かしら…
だーいじょうぶだよ
 晴 子
止めなかったんですか…?








わざわざ席を空けてくれた彼女の横に座り
見えるのは、眉を下げる不安まじりの可愛らしい顔。


わたしは慰める口調で、
彼女の心配を取り払うように口角を上げた。








えーうん、まあね…?








だって、流川が出ないと勝てないでしょ。








 晴 子
だけどもし、また何かあったら…
あったとしても、大丈夫だよ







戻ることを躊躇わなかった流川は
なにがあってもコートを離れないと思う。


死ぬならコートの外で、これが終わってからだ。





吐きそうになっても、痛みで身体が痺れても、

試合に出ている以上は、心配なんて野暮で。









わたしがちゃんと見ている以上

流川はちゃんとやるに決まっている。










…エースだからねえ、湘北の








28-34で始まった後半戦。




どっちも攻撃と勢いを軸に動くチームだ。



相手より速く早く得点を。
追いつかれないよう、先に動こうとする。



そうなるとごく自然に、試合展開も加速していった。







さあ行けえ豊玉っ!!







リョータからの速いボールは
流川の大きな手をバチっ!と弾いて、
晴子ちゃんは小さな声を上げた。







目は片方を塞ぐだけで
簡単に距離感が掴めなくなる。



全員がランアンドガンに徹したこの場で
1秒の隙を誰も見逃してはくれない。



豊玉がゴールネットを揺らし後半先手。







(完全に豊玉モードだなあ…)






28-36

会場の雰囲気は豊玉が優勢





…だけど、ゲームメイカーリョータはいささか落ち着いてた。


嫌な煽りにも乗らずスパッと大柄な男を抜いて
ポーンと高くボールを上げる。



そこにいるのは花道くんで、





 花 道
高すぎるぞヘタクソーッ!!
 宮 城
いいから跳べよヘタクソ!!







隣で「いけえ桜木くんっ!!」と高い声が言う。





 彩 子
ああっ…!?







アリウープだと、みんなが思ったけど、

次の瞬間には湘北にホイッスルが鳴った。





そしてリョータと花道くんが絡み合ってジタバタしている。






……ははっ!なに今の!
 彩 子
桜木くんったら…






あーそうだった、こんな感じだったな。
笑えてくるくらい、空気なんか関係ないじゃん。





いいねえ!いつも通りで
 彩 子
いいのかしら…
余裕ないくらいでいいんだよ







そうこうしているうちに
リョータのマッチアップ相手が得点、28-38






 宮 城
ランアンドガンなら
負けねーぞオラァ!!







そんな雄叫びから目を離して11番を追えば

艶めいた黒髪がリングを見上げていた。






(なに考えてんのかなー…)






コートの上にいる流川の、心配なんて杞憂きゆだろう。





(あ、パス来た)






白の11番がくるっと身体を翻す。

少しだけ宙に浮いた体躯で
軸は真っ直ぐに、長い腕が速く伸びた。






入れよったでえ!?
なんやと!?






ほら、心配なんて余計なお世話だった。





………






無意識に縮こまっていた自分の肩を
脱力させる暇もないまま、また流川にパスが渡る。





2枚のディフェンスを掻い潜って

流川は空中でその身体を回転させた。

長い前髪が散らばり、集中する表情がよく見える。





後ろ向きで投げたボールはリングを外れたけれど

湘北エースがフリースローの権利を得たのだった。





………すごいな







くいっと手首を軽くならすその癖も
さっきのシュートも、特段いつも通りの風景だ。

なのに流川は今、片目が見えてない。




そのハンデさえ構いやしないことが、

どれだけすごいか。







相変わらずすげーことやるなあいつ!
ケガしたんじゃなかったのか!?








薄白い手に覆われたボールが
低い位置でバウンドする。



入れるだろうな、とだけ思っていたのに



シュートフォームに移った瞬間、
信じられないけど流川が、切れ長の瞼を閉じた。







(……あー…ほんとうに…、)







ボールは綺麗な放物線に乗って、赤色の輪をくぐる。

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