第81話

夏には返却期限がある
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2023/03/31 13:12
図書委員の仕事は当番制だから

夏休みでも制服を着る機会はあった。









暑さが拷問みたいに降り注ぐ外とは大違いに

切り離された涼しく静かな空間。






湘北は偏差値が偏差値なので、

長期休みに制服でわざわざ図書室に来るような
熱心な生徒はいない。







頬杖をついて返却本を流し読んでいると、

視界を遮って一冊が受付に差し出された。







返却ですねー
バスケ部は合宿中らしいです
………、はあ…






聞いてもいない情報を教えてくれた彼女に

わたしは曖昧な反応しかできなかった。





来たら会えると思って
…なんか用でも?
流川くんが教えてくれました、
先輩が図書委員ってこと







名前を強調して話す素振りよりも、



そんな話もするんだ、と思ってしまった。

そんなくだらないやり取りも交わす仲なんだなと。







…質問の答えになってない
流川くんのこと好きですか
その答えは変わってない
流川くんはどう思ってると思います?
………







怒りの瞬発性が高いのは自覚済みだ。

苛立ちを隠すべく彼女を見上げるけれど
睨んだように見えた感は否定できない。






お前らがその話をする間柄のことも、

自分を話のネタされてることも、イライラする。



ていうか、流川がどう思ってたとしても。








他人から聞くのは筋が違うわ






なんでお前からそれを聞かなきゃいけない。





先輩は行かないんですか?広島
…さあね
私は行くんですけど、
来ていいって言ってくれたし
結構おしゃべりですよね、流川くん






どこが。全然しゃべんない方でしょ。


もし流川がしゃべってんだとしたら
それわたしのおかげだからな絶対。





(…うわ、また自惚れ……)







抱えたくなった頭をどうにか堪えて

ひざの上に手を置いた。







返却の手続きはとっくに済んだのに

目の前から女は消えない。

目的はなに?なんで来た?なにしに来た?







先輩が本人に聞けばって言ったから
アドバイス通りにしてみたんです







こいつくそ生意気だな、ほんとに年下かよ。





食ってかかりたい気持ちが前面に出ないのは

変なことを口走った記憶が新しいからと、

…正直、自信がないからだ。





今目の前の相手に、勝てる自信があんまりない。

なにしろ傷が癒えてない。







そしたら意外と相手してくれて
結構好きにさせてくれるし、
一緒に帰るのもオッケーって感じで







好きにさせてくれるって、どこまで?





そんな疑問が芽生えて唇を引き結ぶ。

ひざ上の手を無意識に固く握った。




挑発には乗らない。乗るな。


この女にまでそんなことしたら、

またダサい自分に幻滅してしまう。







…この前はあんなに強気だったのに






この前と言われて頭に浮かんだのは

陵南の最寄りで絡まれたアレだった。




あのときの勘違い女のことね、と冷静に振り返る。

叶うなら記憶ごと握り潰したいんだけど。




流川には自分だけだと疑っていなくて

無意識に優越感にも浸ってたんだろう。

どんなピエロだよ、それ。







先輩が退いてくれたおかげで
仲良くできて嬉しいです
…そっか
…あの後どうなったんですか?
………アレに聞けば?







彼女の目的がわかった途端に、少しの余裕ができた。





ああね、この子はこの子で焦ってるんだね。



流川の恋人であるはずがない。

さすがにあの男も、
恋人を出てけと足蹴にはしないだろう。





だけど、そういう仲なら、教えてくれるんじゃないの。








…結局、どうして先輩だったのか
私には今もわからないんですよね
………あのさあ、
たいして変わんないから






不意に口から出た言葉は
自分が発したもので間違いないのに
理解できなかった。


なんで相手をフォローしようとしているのか。






違うな、これは。


わたしが自分に言い聞かせてるんだな。






わたしも、流川にとって他人に過ぎない。

流川にとって特別じゃない。






そんなのわかりきってたんだよなあ、中学から。

あいつが他人に興味ないことぐらい。






あの頃みたいに一線引いとけば

わたしにとっての流川も特別にならないままだった。






残ったのは、歪んで宙ぶらりんになった感情と

いまだに思い出して痛む傷だけ。







刷り込みみたいなものですかね、
………






………でも、嫌なんだよね。



流川がわたしと同等にこの女を扱うのは

シンプルに、うざったくて、嫌なんだよね。




大体、こんな普通の見た目で普通の態度で
意地の悪いこと言う生意気な性悪のどこがいいんだよ。






(……自分のことかよ)






毒づいた気持ちはブーメランだったらしく

くるくると相手の周りを回って自分に刺さった。




もう嫌だなあ。




惨めになるのも、自己嫌悪も、羞恥心も、

他人と自分を比較するのも、

あの男が頭から消えないのも。


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