第84話

その魔物がみせる夢
909
2023/04/10 11:22
セミの声が耳に響いて目を開ける。

カーテンの隙間が嘘みたいに明るい。







夏休みの生活習慣は簡単に乱れるものだ。

うちのお母さん、基本起こさないしね。








(なんじ………、)





冷房の効いた涼しいベッド。


タオルケットに包まる体で寝返りを打って

確認した時計は12時を少し過ぎたところ。





目覚まし時計のそばに置いてる卓上カレンダー。





だるいなあ……





8月1日。

冷気と寝過ぎで、頭も体もなんだかだるい。




もう少し寝るかとベッドに沈み込み瞼を閉じる。

夢うつつに入る、ふわふわとした意識の中で

ひとつの振動がシーツを震わせる。






………





ブー、ブー、と等間隔で震える携帯。

出ない出ないと決め込んで呼ばれた意識を落とす。

しかしそれは鳴り止まない。





っもー…だれ………





寝起きの短気で手繰り寄せ
ディスプレイに表示された番号に、首をかしげる。



手元でも続くバイブ音にうんざりしながら

指を滑らせて耳に当てた。





はい…?





涼しい風にやられて出した声は掠れていた。




表示されてたのは未登録の番号で

手短なわたしに11桁の持ち主の声が突然届いた。





 流 川
今どこだ
え?…ごめんなさい、誰?
 流 川
………楓
………は、かえで?





一瞬で、脳がクリアになる。








知ってる中ではひとりしかいない。






電波に乗った音はいつもより低くて

本当に誰かわからなかった。

思わず体を起こしてしまう。






 流 川
…どこだ、今
え、……家







結局、インターハイが始まった今、

わたしはボサボサの寝起きで家にいる。




迷ってるうちに日は刻々と過ぎたから

準備は何ひとつとしてやっていない。





室内温度が22℃の部屋で、電子機器を握る手が湿る。





無音を遮ったのは深いため息だ。

呆れたような、やれやれとでも言いたげな。







 流 川
なにしてやがる
……あんたこそ…







最後は気まずい終わり方だったのに

時間が経って熱が冷めたからか、

わたしも流川も淡々としていた。



いや違うか、流川はずっと淡々としてるもんね。





 流 川
……来ねー気かよ
…えー、……うん





お前が言うか、それを。

わたしを行けなくさせたのはお前じゃないの。





見たくないって本気で思うと思うか。

試合の流川は凄まじい。
見ているだけの人間を高揚させる。

そんなのは、とっくに知ってるんだよ。






全国という晴れ舞台で

ギラギラと雄弁な瞳が動くさまを。

ボールを操る勇姿を、ポインターの輝きを。




心沸き立つ瞬間に、わたしだって落ち合いたかった。







……別に…、
わたしが行かなくたっていいでしょ




そう思っていたって、

出てくるのは可愛げの欠片もない返答だ。





別に行かなくたってあんたは困らないでしょ。





流川はリングしか見ないんだから。

……あの子だって、見に行ってるんだから。






 流 川
……へるんだよ
…え?なんて?聞こえなかった
 流 川
…あさって、サンノーとやる
え、もう2回戦の話してる?
 流 川
日本一になるっつった
は?







ちぐはぐに紡がれる言葉に耳を傾ける。





電波を挟むと、ぼそぼそさの増す声に

ひとりごとかと疑う。





怪訝に返事を待っていれば

数拍置いてやけにはっきりとした声が届いた。








 流 川
先輩が来ねえと意味が減んだろーが








先輩が、来ねえと、意味が減んだろうが………









フリーズしてしまったのは、

寝起きで頭が回らないからだろうか。









流川が、

高校ナンバーワンになるのは自分のためだろう。





わたしは微塵も関係ない。





流川が望んだことで、選んだ道だ。

その道に他人が立ち入るなんて、そんなこと。







……なに言ってんのかわかんない
 流 川
………どあほう
あんたが言葉足らずなんじゃん、大体…
 流 川
………
………
 流 川
…なに言おーとした










この男は、本当に強い。




いつだって他人の事情なんか考えない。




死ねと吐き捨てられたことも気にしない。

最悪な態度取った女にも平気で電話かけてくる。




真っ直ぐで、馬鹿正直で、すごく眩しい。







…大体、今から行っても
泊まるとこもないし、無理ある
 流 川
……なんて言やいーんだよ
そんなん自分で考えてよ








電話相手がしばらく黙り込む間、

つい先日の出来事を思い出していた。





わたしに話した年下の女は

あのとき図書室で、なんて言ったっけ。







 流 川
………せんぱい








流川くんも………






 流 川
ぜってー見に来い









流川くんも見に来ていいって言ってたし、だっけ。








 流 川
来なきゃ今度は許さねえ
……今度ってなに
 流 川
…自分で考えろ、どあほー
(バカみたい…)






なにも解決していない。

ずっと気分は優れないし、ずっと心は晴れない。




それなのに、流川の直球ストレートに

考え込む隙間なく気が向いてしまう。




バカだなあと呆れる、我ながら。








 流 川
…もー移動する
…うん
 流 川
あなた
うん
 流 川
待ってる







強さはとても魅力的で、ある種の魔力だ。

弱いものは、振り回されて焼かれるだけだ。


プリ小説オーディオドラマ