第87話

.
1,050
2023/05/05 09:58
みんなが唖然となった空間に

花道くんが声と足音で啖呵を切った。






(…るかわって……)






今まであんなでかい接触あったっけ…





(…やばい、うごかない)







コートで倒れてる人間から目が離せなかった。

屈んだ寿くんの「おい!」で流川の目が薄く開く。








意識はある。

あっても、体が動かないのが問題なんだ。






自分の心臓が大きく、速度を上げる。

どくどく鳴る胸元の前で握りしめた手が
だんだんと汗で湿っていく。








やばい。やばそう。流川が立てない。






(……あや、っ)






とっさにパッと目を向けた先の彩子は

ベンチを離れ心配と驚きの表情でコートのそばにいた。





そりゃそうだ、

マネージャーが介入できるのは
選手がコートを出てからの話で、
彩子すら今はなんにもさせてもらえないわけで…







タンカだ!脳震盪を起こしている!








体育館を通った審判の指示を耳に

さあーっと背中に冷えた何かが伝った。






……どうすんの…、








チームの得点源がコートから消える。

それは勝敗を大きく傾けることになる。





こんなときですら、わたしは結果を気にした。

だって流川が、山王とやるって……、






っ……








タンカに乗せられた身体の呼吸が浅い。





扉の向こうに消えていくのを見届けて、

…見届けて、わたしも座席から立ち上がる。





不安げに眉を下げる晴子ちゃんに1つ頼み事をして

観客席の階段を駆け上がった。

いてもたってもいられなくなったのだ。









救護室…たぶん1階の、
選手以外立ち入り禁止エリアにあるはず。






























─── バンッ!








無機質な部屋の扉を勢いよく開けたせいで

数人の視線を一斉に浴びることになった。








君、ここは関係者以外、
その子の姉です
…お姉さん?







関係者パスを首からかけた大人越しに見ると、
流川は椅子に座らされていた。


小さなライトが流川の眼球を照らす。

追いかけて、と指示された流川が
しんどそうに光を目で追っていた。








2階からだとよく見えなくて…
どこになにが当たりました?
相手の肘だよ、目の上に…







…呼吸、さっきより落ち着いてる。

たぶんわざと。




平気そうに見せないと、ドクターストップがかかる。






めまいは?
 流 川
ねーです……
頭痛は?
 流 川
だいじょーぶ…









大人たちは流川の様子を窺いながら

大人だけで流川の今からを決めようとする。






「やめた方がいいんじゃないか」
「もう少し安静にしないと」
「夜に意識を失うこともあるだろう」






「どちらにせよ今の試合には…」






そう誰かが言った。






 流 川
もどります
(あーバカ…)








椅子から腰を上げた途端ふらついた流川に、

大人の表情がこわばった。



平気そうに見せようとしすぎだよ、バカ。







君ね!今は自分の体調を第一に、
 流 川
だいじょーぶっす、…痛くねえ
…試合に出たい気持ちもわかるが、
 流 川
わかんねーだろ






安静にさせます
 流 川







張った声に気づいた顔がようやくパッと向いた。

交わる視線の先で、流川がびっくりしてる。





目、もうかなり腫れてるじゃん……







5分だけ弟と2人にさせてくれません?







流川を指さして大人を見回すと
意外にもすんなり2人にしてくれた。

まぁ各々忙しいんだろうね、好都合だけど。





救護に当たっていた人が流川に保冷剤を手渡して最後に部屋を出ていく。










椅子に座る痛々しい男のそばに寄ると

傷口を冷やす半目がわたしを睨んだ。







…男前になってるね
 流 川
うるせえ
かわいくない弟だな
 流 川
…なにが、弟だよ……
無事でよかった、心配した
 流 川







ケガをしてない方の瞼が、ぱちくり開閉する。

痛みの反射かな、それともそんなに意外だった?






 流 川
……あんた、心配とかすんの







後者だったらしい。




けっこう自分でも驚いてるよ。

焦る鼓動とか、無事を知って抜けた肩の力とか、
そういう心配を流川に向けるとは思ってなくて。



これは元マネージャーの血が騒いで…とかじゃないと思う。




たとえばスタメン5人が同時に倒れたとしたら、
わたしは真っ先に流川の安否を知りたいと思う。








流川のそんなの初めて見たから
わたしだって焦るよ
 流 川
…なんで屈んだ
目線上だとしんどそうだから






ひざを折って目線を合わせ、

座る流川の両手を置いて、男前を見上げる。





 流 川
…試合は出る、邪魔すんじゃねえ
当たり前じゃん
邪魔すると思ってんの
 流 川
安静にさせんだろ
嘘も方便って言葉覚えたら?







ポインターがいない今の試合状況はどうだろう。




根性で食い付いてはいても、

勝利には一歩及ばないんじゃないかな。







流川、わたし負け試合見に
ここまで来てないんだけど
 流 川
………
勝つんだよね
 流 川
あたりめーだろ
決めたことはやんないとね







綺麗な形の一重まぶたが、

押し潰されているさまは見てて痛々しい。





そんな視界でも流川は

負けん気を宿した瞳でわたしを捉えていた。







お互いの沈黙を割くようにポケットで携帯が鳴る。

電話を手短に終わらせ、わたしは立ち上がった。






ねえハーフタイムだって
行くならロッカー…、
 流 川
先輩







伸びてきた手はこちらに触れることなく空を切った。







…距離感掴めてないじゃん








手を差し出してあげれば、

今度はしっかり、確かめるように掴む。






 流 川
…ちゃんとやるから
うん
 流 川
ちゃんと見てろ
…いっつも見てるよ








試合ではいつも流川を見てたよ、わたしは。







繋ぐ手を引っ張ると流川は腰を上げて、

今度はきちんと地を踏んで立った。




外へ出るまで繋がれていたその汗ばむ手に
わたしはガラにもなく念を送った。

これ以上はケガしませんように、と。


プリ小説オーディオドラマ